第六話

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第六話

 望みが叶う指輪だというけど、これまでその効果を実感したことはない。  今、私の望みは、この母親を救うことなのに、そんな望みもいっさい叶う様子はない。  そう思いながら指輪を見つめていると、レオン王子が口を開いた。 「前から気になっていたのですが、その指輪はプレゼントされたものなのですか?」 「はい」 「誰からのプレゼントですか?」 「……メルーサです」 「な、なんですって! どうしてそんなものをつけているのですか!」  レオン王子がめずらしく声を荒げた。 「アウレリア、今すぐにその指輪を外してください!」 「そうは言っても、外れないのです」 「大丈夫です。アウレリアは最近かなり細くなっているのですよ。さあ、外してください!」 「わ、わかったわ」  私は王子の勢いに押され、指輪に手をやる。左手の指先で指輪をつまみ、思いっきり引っ張ってみた。  すると、今までは微動だにしなかった指輪がゆっくりと動きはじめた。  指の第二関節で止まったが、力を入れ続けるとじわじわ関節の上を通過し、さらに力を入れると最後はすっと指輪が抜けた。 「外れた!」  でも、指輪が外れたからといって、何も変わらないはず。  そう思っていた。  けれど。 「な、何これ」  一体どういうこと?  体の中にどんどんと何かが流れ込んできた。  それはなんだか懐かしい力だった。 「アウレリア、あなたから強大な魔力を感じます」  レオン王子が驚いた顔で私を見つめていた。 「何が起こっているのですか?」 「わからないわ。でも、自分でも魔力が上がっているのがわかるわ」 「その指輪のせいで、アウレリアの魔力が弱められていたのでは? そして、指輪が外れ、魔力が回復したのでは?」  確かに指輪を外した瞬間に、魔法の天才と言われていた頃に戻った気がした。 「アウレリアの魔力が本当に強くなっているのか、もう一度試してみましょう」  レオン王子の言葉にうなずき、私は母親の横でうなだれている女の子に話しかけた。 「もう一度、お母さんに回復魔法を試したいの。いい?」  女の子は「うん」と返事をしたが、あまり期待していない顔をしている。  苦しむ母親の横に再び座った私は、両手のひらを広げ、母親の額と胸に当てた。  両手のひらが白く輝き始めると、明らかに先ほどとは違う強い光が母親を包みこんだ。 「すごい」  後ろで見ていたレオン王子が声を上げた。 「こんな強力な回復魔法を、私は見たことがありません」  先程までは見えていなかった母親の状態が手に取るように分かった。  魔素が体のどこにとどまっていて、どの部分が傷んでしまっているのかなど、くっきりと頭にイメージできるのだ。  大きくダメージを受けているところから集中的に回復魔法を施し、一通りの魔素を母親から除外すると、最後は体全体に癒しの粒子を流し込んだ。  苦しそうに歪んでいた母親の顔が、一気に変化した。柔らかく穏やかな顔になっている。  母親は目を大きく開き、つぶやいた。 「これはいったい……。鉛のように重かった体が嘘のように軽くなっています」 「よかったわ。起き上がれそうなら……」  私がそう言い終わらないうちに、母親は布団を脇によけ、その場で立ち上がった。 「お母さん!」  女の子の声が部屋に響いた。  すぐに母親は女の子の前でかがみ込むと、我が子を抱き寄せた。 「サラ!」 「お母さんは、もう苦しくないんだね」 「大丈夫よ。今まで心配かけたね」  サラは、母親に抱きしめられたまま、私に顔を向けこう言った。 「お母さん、ここにいるお姉ちゃんのおかげだよ。レオン王子が連れてきてくれたすごい魔法使いだよ」 「ありがとうございます」  母親は改めて私に顔を向け、深々と頭を下げた。 「あなたは聖女様なのですか?」  サラと同じことを言われてしまった。 「いえ、聖女ではありません」 「そうですか……。私の病気は聖女様でないと治せないと言われてましたので……」  母親がつぶやき、その後にサラが口を開いた。 「お姉ちゃんは聖女様だよ。ねえ、聖女様、お母さんを救ったように、この村も救って!」  私はサラに近づき、目線を合わせた。 「サラちゃん、ごめんなさい。私は聖女になれなかった落ちこぼれ魔法使いなの」 「……」 「だから村を救うことはできない。けれど、やれることはやっておくね」 「うん」 「レオン王子、今の私の魔力なら、結界修復は無理にしても、結界の観察くらいはできると思うの」 「そうですね。可能でしょう」 「村を救う第一歩にはなると思うの。早速やってみるわ」  そう言うと私はサラの家を出た。そして空を見上げた。  一見すると、何も問題がないような青空だった。けれど、雲から落ちる雨のように、瘴気がこの村に降り注いでいる。  どのあたりに結界のホールが出来てしまっているのだろうか。  私は魔力を込めて空を注視した。  はるか頭上の空間に、うっすらと巨大な穴が開いているのが見えた。  結界の状況を確認し、周りを見ると、多くの村人たちが集まっている。  レオン王子御一行が、突然村に現れたのだ。村人たちは、私たちがきっとこの村を救ってくれると期待しているに違いない。  村人のなかには、肩を借り、なんとか立っているような人もいる。  私が聖女なら、この場で結界を閉じ、苦しんでいる村人たちを救うことができるのに。  もう一度空を見上げた。  今の魔力なら、試してみてもいいのでは。  苦しむ人々を前にしながら、何もしないなんて私にはできない。  別に上手くいかずに恥をかいたって失うものは何もない。  そんな私の気持ちを察したのだろうか。  レオン王子が口を開いた。 「アウレリア、結界修復をやってみてはどうですか?」  私はその言葉にうなずいた。  村人たちのささやく声が聞こえてきた。 「結界を閉じてくれるみたいだぞ」 「でもあのお方は、聖女様ではないそうだ」 「だったら無理だ。今までだって名のある魔法使いたちが挑戦したが、誰もできなかったじゃないか」  そんな声を背にしながら、私は両手を広げ、魔力をため込み始めた。  身体からあふれ出る魔力で、空間が波のように揺れ始めた。 「無茶だけはしないでくださいね」  レオン王子の声だ。 「魔力を使いすぎると、生死に関わることもありますから」 「お姉ちゃんお願い! 村を救って!」  サラの声に後押しされ、私はゆっくりと空に手を向けた。 「結界を閉じてみます」  私はそれだけを言うと、ため込んだ魔力を結界の穴に向けて一気に放出した。  白色の光線がホールに届くと、少しずつだが穴が小さくなってきた。 「お姉ちゃん、がんばって!」  結界は間違いなく修復されてきているが、何年もにわたって開かれた巨大なホールは、そう簡単に閉じるところまでは至らない。  もっと魔力を込めなくては。  これ以上は超えてはいけないギリギリの線で、魔法をかけ続けた。  これが限界だわ。  最後の力を振り絞る。  次の瞬間だった。  目の前が暗くなり、意識が遠のいていくのがわかった。  しまった。  最後にそんな言葉が頭をよぎった。
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