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第八話
予想していたことだが、指輪を外した瞬間から私の体の中に巨大な魔力が流れ込んできた。チグリ村で起こった現象とまったく同じだった。
魔力鑑定ができる魔法使いなら、きっと驚くに違いない。
微々たる魔力しか持ち合わせていなかった私が、突然聖女にも匹敵する強い魔力を持ち始めたのだから。
誰も私の異変に気づかなければいいけど。
そんな心配をしながら、私は再び壇上にいるメルーサに目を向けた。
強力な魔力を持った私には、空にある結界の穴がくっきりと見える。
チグリ村にあったものと比べれば、百分の一にも満たない小さなホールだ。
この程度なら、身を危険にさらさずとも、聖女であれば簡単に修復できるはず。
けれど、壇上では思いも寄らないことが起こっていた。
メルーサの体を包んでいた白い光が、突然消えてしまったのだ。
いつまでたっても結界が閉じられる様子はなかった。そのことを不思議に思ったのだろう、見守っていた民衆たちがざわつきはじめた。
そんな中、メルーサは下唇をかみながら、もう一度手を広げてみたが、先ほどのように彼女の体に聖なる光が宿ることはなかった。
しばらく時間が経過すると、ついには諦めたのかメルーサはその手を下ろしてしまった。
眉をひそめ、ぼう然と立ち尽くしている。
ファルカン王子があわてて駆け寄ってきた。
「どうしたんだメルーサ、今日は大切な日なんだ。しっかりしてくれ」
うつろな目で周囲を見渡していたメルーサだったが、私と視線が合うとまるで時間が止まったかのように私を凝視し始めた。
メルーサはかなり動揺していたのだろう。壇上にいるにもかかわらず、皆が見ている前でこんなことを私に叫んだ。
「アウレリアお姉様、どうして指輪をはずしているのですか? 今すぐに指輪をつけてください!」
私は手のひらに置いた指輪とメルーサの顔を見比べた。
「それは大切な指輪なのです。今すぐにつけてください!」
メルーサは必死の形相をしている。
もう間違いなかった。
メルーサが結界を修復できなくなったのは、私がこの指輪を外したからだ。
「さあ、これではっきりしたよ」
隣に座るレオン王子が急に席から立ち上がり、声を上げ始めた。
「メルーサ、君は決して聖女なんかではない!」
「……」
「君は他人から魔力を吸い取ることで聖女の力を得た、いわゆる偽聖女だ」
黙っているメルーサの代わりに、ファルカン王子が口を開いた。
「貴様、何を証拠にそんなことを言うのだ! 魔法局の手前、いい加減なことを述べると、ただでは済まなくなるぞ!」
真っ赤な顔で怒鳴るファルカン王子を尻目に、レオン王子は落ち着いた口調で話を続けた。
「証拠ならここにあります」
そう言うとレオン王子は、私の持つ指輪を皆が見えるようにかかげた。
「調べた結果、この指輪は『魔龍の橋渡し』と呼ばれる魔道具です。指輪を付けた魔法使いの魔力が、他人へと移されてしまう恐ろしい魔道具なのです。私はずっと、アウレリアが誰に魔力を吸い取られているのかを調べてましたが、今日はっきりしました。予想通りでしたが、アウレリアの魔力はメルーサに奪い取られていたのです」
「……」
「しかも恐ろしいことに、メルーサは魔物を呼び寄せるブレスレットをアウレリアにプレゼントしています。もしアウレリアが死ねば、彼女から奪い取った魔力は永遠にメルーサのものとなるからです」
魔法局の三人が、じっとレオン王子を見つめていた。やがて中央に座る年長者が口を開いた。
「確かに今の現象、そしてメルーサとアウレリアの魔力量の変化を鑑定した結果、レオン王子の言っていることには信憑性がある。メルーサ、これはどういうことなのか説明してくれないか」
メルーサの目は泳いでしまっている。
「魔道具を人に使うなど、厳しく罰せられる行為だぞ」
「……、私ではないのです。私は言われた通りにしただけなのです」
「どういうことだ? しっかりと説明しろ」
魔法省局員の厳しい言葉が続いた。
「……王子です」
「何?」
「……すべてファルカン王子の指示なのです」
「何を言うか!」
ファルカン王子は歯をむき出して叫んだ。
「自分の罪を、私になすりつけるつもりか!」
「そんな……、ファルカン王子は私を后にすると約束し、私は王子の言葉に従っただけなのです……」
「デタラメをいうな!」
「確かにあのような禁忌魔道具をいくら公爵令嬢と言えども一人で手に入れるなど、容易にできることではない。メルーサが述べるように、誰か他の国家権力者が絡んでいることは十分に考えられる。今後、この件は魔法省が責任を持って調べることとする」
そう述べた魔法省局員は、メルーサとファルカン王子をじっと睨みつけ、言葉を続けた。
「実際に魔道具を使ったメルーサについては、このままにしておくわけにはいかない。この女を即刻に捕らえて、逃げ出さないように牢屋に閉じ込めておきなさい」
局員の言葉を聞くと、ファルカン王子は自分が事件に関係ないことをアピールするためか、慌てて護衛兵に指示を出した。
「メルーサを確保しろ! 全てはこの女がしたことだ。今すぐ牢屋に放り込んでおけ!」
ファルカン王子の声が響く中、メルーサは護衛兵たちに両腕を掴まれ、引きずられるようにして壇上から降ろされてしまった。
そのまま招待席の道を通りながら連行されるメルーサの姿を、私はただただ眺めていた。
そして、ちょうど私の前をメルーサが通り過ぎた際、彼女は私を見ながらこんなことをつぶやいたのだ。
「せっかくお菓子を与えて、指輪が抜けないように太らせたのに、ダイエットするなんてどういう風の吹き回しかしら」
普段とは全く違うメルーサの言葉遣いに、私はびっくりした。ぞっとしながら、連れて行かれる彼女の後ろ姿を見送った。
「さあ、あとは魔法省に任せておくとしよう。調査が進めば、ファルカン王子の関与も明白になるだろうし。今後はアウレリアに危険が及ぶこともないはず。もう目的は達成した。このまま帰ることにしよう」
レオン王子はそっと私の手を取り、歩き出そうとした。
「待って」
「どうしたんだい?」
「まだ、この国の結界は閉じられていないわ。このままホールが大きくなれば、チグリ村のように多くの人たちが苦しめられてしまう」
「アウレリアは結界を閉じて帰りたいんだね」
「もちろんよ」
その言葉を聞くと、レオン王子は壇上に向かって歩き出した。そして、ファルカン王子と対峙した。
「ファルカン王子、我が国の聖女がドミール王国のために結界を修復してもいいと言っています。どうしましょうか?」
「ふん、アウレリアは偽聖女だ。結界の修復などできるわけがないだろ」
「しかし、実際にアウレリアはヒンギスの結界を修復しているのですよ」
「それほど言うのなら、この場で証明してみせろ! まあ、恥をかくだけだろうがな」
「証明しても構いませんが」
レオン王子は目を細めた。
「無償でするつもりなど、もちろんありませんよ」
「なんだと、ヒンギス国の分際で、報酬でも要求するつもりか」
「もちろんです。私はとても強欲な男ですので」
そう言うとレオン王子は、ちらりと私を見た。
「なにが目当てだ!」
「こういうのはどうでしょうか。もし無事に結界が修復されたら、今後ドミール王国はヒンギス国の傘下に入っていただくというのは」
「な、なんだと! 属国の分際で何を言う!」
「ファルカン王子、よく考えてください。結界が破れたままだと、国力は極端に落ち込んでしまい、どのみち、ドミール王国も周辺国の属国になる運命です。もうすでにヒンギス国の結界は閉じられています。現時点で、二国の力関係は逆転しているのですよ」
「くっ!」
「さあファルカン王子、どうされますか? 結界が破れたまま他国の属国になるのか、それともこの場で結界を修復し、ヒンギス国の傘下に入るのか」
ファルカン王子はこぶしを握り、歯を食いしばりながら、レオン王子をにらみつけた。
しばらく周囲を見回し、やがて貴賓席に座る私の姿を見つけると、こんなことを述べてきた。
「アウレリア、僕が間違っていた。メルーサの口車に乗せられて、愛する君を手放してしまうなんて。さあ、アウレリア、僕のもとに戻ってきてくれないか。僕は君の婚約者だ。すぐにでも結婚して、これからは二人で協力して生きていこう」
この男は何を言っているのだろうか。
私は開いた口が塞がらなくなった。
「アウレリア、僕のもとへ戻ってきておくれ。僕は君の言うことなら何でも聞くつもりだ。さあ、君の望みを言ってくれ」
「何でも言うことを聞いていただけるのですね」
私はあえてよそよそしい態度をとった。
「もちろんだ」
「でしたら、今後二度と私の前に現れないと誓ってもらえますか。ファルカン王子の顔を見ると、なぜだかとても嫌な気持ちになりますので」
「な、なんだと! こちらが下手に出れば、よくもそんなことを……」
ファルカン王子の顔は真っ赤になり、声は震えてしまっている。
「さあ、ファルカン王子どうしますか、我がヒンギス国の傘下に入りますか? それとも他国の属国になりますか?」
「……わかった。……傘下に入ってやろう。なので、今すぐ結界を修復しろ」
「傘下に置かれている国の態度ではありませんよ。もう一度言い直していただけませんか」
「……わ、わ、わかりました。……貴国の傘下に入らせてください」
ファルカン王子は、眉間にシワを寄せ、苦々しい顔をしている。
レオン王子は私に目を向け、頷いてみせた。
「では、我が国の聖女アウレリア、傘下の国の結界を修復してあげてください」
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