別れの時

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別れの時

冬が近づくある日、私と兼は久しぶりに静かな公園で会っていた。薄い雪が地面を覆い尽くし、冷たい風が私達の頬を撫でた。気温も低くて寒い。 それでも私達はその公園を選んだ。子供のころから私達がよく遊んでいた場所であり、思い出の詰まった場所だったから。 「兼、どうしてこんなに寒いのに、わざわざここに来たの?」私は寒さに震えながら、冗談交じりに尋ねた。 「ここが一番静かで、誰にも邪魔されない場所だからさ。」 兼は笑顔で答えたが、その目には何か言いたいことがあるような、複雑な表情が浮かんでいた。 私達は並んでベンチに座り、少しの間、ただ雪が舞う様子を黙って眺めていた。やがて、兼は静かに口を開いた。 「美波、君に伝えたいことがあるんだ。」 その言葉に、私は彼の顔を見上げた。彼の真剣な表情に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。 「何…兼?どうしたの?」 兼は少し戸惑いながらも、覚悟を決めたように話し始めた。 「僕、聞いたんだ。君の家族がこの街を出るって…。引っ越すことになったんだろう?」 私はその言葉を聞いて、驚きと悲しみが一度に押し寄せてきた。引っ越しの話は両親から聞かされていたが、まだ誰にも言うつもりはなかった。特に、兼には。 「そうなの…。実は、もう決まってるの。」 私の声は小さくて、今でも涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。私にとって、この街を離れることは何よりも辛いことだった。特に、兼と離れることは耐え難い別れだった。 「いつ…行くの?」 兼はゆっくりと問いかけた。彼の声にも、抑えきれない感情が滲んでいた。 「来週の…金曜日。もう時間がないの。」 私は目を伏せ、涙が頬を伝うのを感じた。 兼はその言葉を聞き、しばらくの間何も言わなかった。ただ、私の手を握りしめている。私は彼の手の温もりを感じた。そして、やがて彼は深い息をつき、私を見つめた。 「美波、僕たちは離れても、きっとまた会える。どんなに遠く離れても、僕たちはまた再会できるって信じてる。」 その言葉に、私はかすかに微笑んだが、心の中ではその再会がいつになるのか、どこで果たされるのか、想像もつかなかった。それでも、兼の言葉を信じたいという気持ちが、私の心を支えていた。 「約束するよ、兼。私たちは絶対にまた会おう。」 私は涙を拭い、力強くそう言った。 その瞬間、私達はお互いの心の中で強い絆を感じた。たとえどんなに離れても、その絆は決して消えることはないと信じた。 私は兼の手を繋ぎ、いつものように公園を歩いた。彼の腕にしがみついて、絶対離れないように歩いた。二人っきりの空間、心の底から叫べるくらい。私は幸せだ。 その日が私達にとって最後の穏やかな日になることを、誰も予想していなかった。 別れの日、当日。私の両親は、最後に兼に会わせるつもりなんてなかった。私をすぐに車の中に連れて行こうとした。まだ出発の時間でもない。最後に、最後の最後に兼に会いたい。心のなかでそう願って車から何度も逃げた。 何回も何回も。でも最後には車に引きずり込まれる。もう駄目だ。諦めようとした時、私の名前を叫ぶ声が聞こえた。振り返ると兼がこっちに向かって走っている。 「美波!待ってくれ!」 「兼!」 「美波、また会える日がいつかわからないけど。必ず会おう。」 「いつか、あと一回だけでも会おう?」 「うん、あと一回だけでも。絶対に」 「約束ね、兼。愛してるよ」 「約束、愛してるよ」 「あとこれ、あげる。お揃いだ」 「え、ありがとう」 「忘れないように」 「うん、大切にする。ありがとう、兼!」 最後にキスとハグをして、一緒にいる時間を大切に過ごした。それはほんの一瞬で、私は親に兼から引き離された。一瞬の出来事が一瞬で壊された。悲しみで溢れている心。 私は兼と結んだ『約束』を忘れないでいようと決めた。
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