*武神と悪魔*

1/3
前へ
/84ページ
次へ

*武神と悪魔*

 太陽が真上に昇り、辺りを燦々と照らしている。ここら辺一帯には赤い彼岸花が所狭しと咲き誇り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。  しかし、美しい赤の楽園は一つの影により踏み潰される。フラフラと覚束ない足取りで彼岸花を散らしながら歩く青年は数十歩進んだところで倒れ込んだ。まるで血のように花が散る。  長い白銀の髪が地面に広がって彼岸花の赤と混じり合った。声を上げる力すら残っていない青年の口からは淡い吐息が漏れるだけ。きっちりと着こなされた浅葱色の和服の腰元に差し込まれた一本の刀は、この時代においては異質なものである。  だが、青年にとっては己の命とも呼べるのがこの刀だ。彼は嘗て崇め奉られていた武神、名を洵麗(しゅんれい)という。洵麗には戦う以外の才能はなく、時代とともに彼の存在は人々の記憶から薄れていった。  神は人々から忘れられると消えてしまうのだ。  虚ろな瞳が風で舞う彼岸花の花弁を追うと、少し離れた所にぼんやりとだが誰かがいるのが見えた。それは浮いているかのようにすっと近づいてくる。 「ねえ、消えるならその命、僕に頂戴」  洵麗の真横に座り込んだ少年が発した言葉は普通であれば理解しがたいものであった。白く靄がかかる視界でも少年の背に黒い翼が生えているのが見える。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加