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*祈り*
* * *
智尋は眼前に広がる光景に頭が真っ白になった。額から血を流し倒れる玖藍と、膝をついている睡蓮。木に埋まる弾丸でこの状況を把握した瞬間に、自分の内から何かが溢れ出す。
睡蓮に目もくれず、一直線に玖藍の元へと足を動かした。背後で睡蓮が姿を消したことにすら気づかない。早く、もっと早く、駆け寄りたいという思いとは裏腹に、震える足は中々前に進まなかった。
十メートルもない距離だというのに、ブリキのようにカクカクとした動きで進む智尋が玖藍の前に辿り着くには数分も掛かってしまう。黒い蝶が主人の死を理解していないのか、あるいは主人の死を悼んでいるのか、いつものようにクルクルと玖藍の周りを舞っていた。
「なんで」
力を失った足は崩れ落ちるように、地面に膝をつくとズボンに赤い色が付着する。玖藍を抱きかかえると温かさを感じた。頬から冷たいものが流れ出る。
「玖藍、玖藍……玖藍!」
只々繰り返し彼の名を呼ぶ度、それに呼応するかのように木の葉が揺れる。もっと早く玖藍の元へ辿り着いていたら、もっと早く玖藍と向き合っていれば。後悔したところでもう全てが遅い。
「あ、ああ、ああああああ!」
瞳を閉じて絶叫する。
時間よ、止まれ。時間よ、戻れ。
叶うはずのない願いが浮かんでは消えた。腕に感じる温もりがまだ玖藍が生きているかのように錯覚させる。
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