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「なら、お前、まだ堕ちてないのか」
「ないよ」
「傷は」
「全部治っているけど」
その言葉を聞くと同時に智尋は玖藍の唇を奪った。逃げようとする玖藍の後頭部に手を添えてから魔力を吸い込んだ。ドロドロとした泥水のような気持ちの悪いものが体内に入り込む。これが負の魔力というやつか。込み上げてくる吐き気に耐えられず唇を離した。
「……おえっ」
口元に手を当ててえずいた。吐瀉物を出すという失態は免れたが、未だに体内を巡る負の魔力が与える気持ちの悪さは消えない。
「お前、馬鹿なの」
玖藍は起き上がり唇に手を当てていた。彼の肩に止まる蝶は灰色に変化している。
「あ? 魔力を吸えるのはてめぇの十八番ってわけじゃねぇだろ」
「それはそうだけど、何でわざわざ吸うわけ」
目を泳がせてあからさまに動揺する玖藍に智尋は僅かばかりの怒りを覚えた。友人が死ぬというのをただ黙ってみている人間だと思われたことよりも、玖藍があまりにも自分自身に無頓着すぎることが腹立たしい。
「んなの、お前を死なせたくないからに決まってんだろ! いっつも人の心読んだみてぇな態度取ってんだからこれも分かれよ!」
玖藍の無頓着さは彼を取り巻く環境がそうさせたというのは頭では理解している。それでも怒りは収まらなかった。どう伝えれば玖藍の心に届くのか、柔軟な頭など持ち合わせていない智尋にはただ本音をぶつけることしかできない。
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