私と妻

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 昔の私は筋骨隆々で、力で右に出るものはなかった。お国の為、誠心誠意鍛錬に励み、単身で敵兵の群れに突撃したこともあった。  銃弾の嵐をかい潜り、自分よりも大柄な敵兵を投げ飛ばし、怯える敵兵の首を幾本もへし折った。  東の孤島で敵国の一個団隊を壊滅させた時は英雄ともてはやされて勲章まで頂いた。あの頃の力があれば、若さがあれば、妻を守れるのに。  轟音が響き、小屋がミシミシと悲鳴をあげた。敵戦闘機が低空を飛行したのだ。間髪入れずに小屋の周りの森が轟轟と燃え始めた。  焼夷弾がばら撒かれた。早く妻を連れて逃げなければ。小屋周りが完全に炎に飲まれれば手遅れになる。  しかし私の身体は僅かさえも動かない。昔ならば跳ね起きて駆け出せたのに、骨と皮だけとなった身体は思うように動かない。  窓ガラスがビリビリ振動し、弾けるように割れた。戦闘機がさらに低空を飛行したのだ。私たちの居るこの掘っ建て小屋の存在に気付き、殲滅しようとしているのだろう。  焼夷弾がさらにばら撒かれ、ついに火の手が小屋にまで引火した。私の手を握る妻の手が震えていた。恐怖に引き攣った顔を見せまいと俯いている。床に涙の染みが斑模様をつくっていた。  妻の薬指には小さなガラス玉をあしらった指輪が嵌っていた。まだ若い頃の私が結婚指輪として贈った物だ。お金が無かったから、今はこれで我慢してくれ、あとに立派な指輪を贈るから。そう言ったのだが、妻はこれが良いのだと言って、今もオモチャのような指輪を嵌めていた。
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