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私は老い過ぎた。
昔はお国の為に勇敢に戦う兵士だったんだ。そんなことを言ったって誰も信じないだろう。百歳を越えた、タダ飯喰らいの老いぼれ老人のこの私だ。
「ああ、あたしたちはもう死んでしまうのね」
妻が真っ赤に燃えた空を見上げて言った。
世界大戦が勃発する五年前、私は妻を連れて山奥の掘っ建て小屋に引っ越した。息子や孫たちはもちろん反対したが、私たちは人里離れて二人きりで余生を過ごす選択をした。
息子も孫らはもういない。戦争に駆り出されて戦死した。
「すまない。お前を守ってやれなくて」
私は妻の手を力強く握った。妻は私を凌ぐ力で握り返してきた。
大病を患いベッドから起き上がることもかなわない私は、いつの間にか妻よりも力が劣っていた。
「いいのよ。あたしはあなたと一緒に死ねるならそれでいいの」
妻の瞳から涙が溢れ、頬の皺を伝って止めどなく流れた。
もう一度、若い頃の溢れる力があれば……。歯が抜け落ちた歯茎をぎりぎりと噛み締めた。この歳になって、まだこんなにも苦い想いをするとは思わなかった。
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