『愛犬』

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 「クゥゥゥゥゥゥン!」  クロが鳴く。クロはわしの言葉に耳を貸すことなく、シーサーのような姿勢で腹の上に乗り、舌を出しながらビー玉のような目で見つめる。  ギュュュュュュュュュュ……。  さっきの衝撃で、8時間トイレタイムしてない膀胱が破裂寸前になる。わしはクロを優しくどかし、ベットから飛び上がり、年寄りながらウサイン・ボルト並の速さで急いでトイレまで駆け込む。  ジャァァァァー。  間にあった。  あぶないとこだった。  パンパンだった膀胱の中が空になり、開放的な気分になる。ほっと一息をつき、ゆっくりトイレのドアノブを回した、すると。  「クゥゥゥゥゥゥン……」  「あっ! いつの間に!」  扉の前には、お座りしながらゴマアザラシのような顔で出迎えるクロがいた。  「クゥゥゥゥゥゥン!」  わしは動物の言葉がわかる特別な能力者なわけではないが、なんとなく感でわかる。クロはわしに『早く散歩につれてって』と言っている。  視線をクロから廊下の壁に長年掛けてある天然木素材の壁掛け時計に向けた。時計の針を見ると5時7分。  (早すぎるが、しかたない……行くか)  わしは玄関に向かい、古い下駄箱から犬用のリードを取り出した。  リードのカチャカチャという金属音に、トイレの前でじっとおすわりしていたクロがダッシュで玄関まで来る。  ゴォン!  勢いよく玄関のドアに頭をぶつける。散歩に行く前に見るいつもの光景だ。  「こら、クロ! もう少し落ちつかんかい!」  クロは舌を出し、「ごめん! ごめん! てへへへ!」と言ってるかのように笑顔でわしを見る。わしは呆れながらもクロの頭を優しく撫で、首に付いている黄色の首輪にリードをカチンとつける。  「フガッフガッフガッフガッ!」  クロの興奮は勢いを増すばかりだ。たかだか散歩ぐらいで何をそんなに嬉しがっているんだ。毎日やってることなのに。  軽く小さくため息をつき、玄関のドアを開ける。クロが勢いよくドアから飛びだし、わしは強い力で引っ張られた。  「待て待て、クロ! 鍵がまだじゃ!」  田舎とはいえ鍵を掛けないと何があるかわからない。ご近所さんたちは平和ボケしていて不用心だが、わしはそうじゃない。最近では、特に若者による闇バイトが横行しているとニュースで観た。その闇バイトの中には、恐喝、強盗、空き巣をメインに活動してる輩もいるとのこと。もしかしたら、田舎のお年寄りを狙ってくる奴もおるかもわからんし、用心に越したことはない。  ポケットから家の鍵を取り出し、鍵穴に入れ回す。その間もクロは強い力でわしを引っ張っている。  「わかった、わかった! さあ、行こう!」
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