『愛犬』

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 朝、5時に目を覚ましてはいけない。何故なら、わしが寝ているベッドのすぐそばには『絶対に散歩行くマン』が待っているからだ。  彼女、いや、うちのクロはそのビー玉のような目をしていつもわしに訴えかけてくる。  『クロ』という名前は単純に、身体が黒色だからそう名付けた。正確にいうと鼻周り、デコ全体は灰色だが、それ以外はほとんど黒色だからクロにした。と言いたいとこだが、実はクロという名前にがあったのでただ単純にクロと名付けた。  クロの瞳はまるで、ブラックダイヤモンドのように艷やかだ。まあ、わしは去年から両目の視力が低下していてぼんやりとしかクロの顔が見えんのんだが、がそうだったから、恐らく同じ種類のこいつも恐らく艷やかな瞳だと思う。  ぼんやりとしか見えないが、そのクロの愛くるしい表情を見てしまうと自分を抑えられなくなってしまう。失言だが、息子やその子供たち、つまりわしの孫たちよりも愛くるしく見えてしまうのだ。  クロと目が合ったら最後。彼女の言うことを聞かざるえなくなる。  例えば、わしがりんごやメロンなどの果物を食べているときに、テーブルの下からクロがビー玉のような瞳でこちらをじっと見つめてくるときがある。クロが直接、『ちょうだい』っと言ってるわけではないが、あきらかにその眼差し、表情からおねだりしてるのが直感的にわかる。気がついたらクロの口元に一切れのりんごやメロンを運んでいる。  そして今朝、たまたま寝返りをうったとき、つい目を半開きの状態で和室の引き戸のほうを見てしまった。  自分の鼻で無理矢理に開けたのか、引き戸は開いていた。そして、その引き戸の前には、京都の上品な舞妓さんのような座りかたをしたクロがジーと、こちらを見ていた。  (しまった! つい、目があってしまった!)  クロはむくっと立ち上がり、陸上選手ばりのスタートダッシュでこちらに走ってきた。  (あっ! まてまて、そんな勢いでこられると……!)  時すでに遅し。  クロは空中を高く華麗に飛ぶ。  この姿。  何処かで見た覚えがある。  ああ、あれは確かまだ目が悪くなる前、アニマルプラネットでサバンナの野生動物の特集だかなんかで、チーターが岩場から岩場へと華麗に飛び移る瞬間のやつだ。4Kテレビの性能もあってか、画面に映し出されるチーターの迫力に圧巻され感動し、つい涙を流してしまった。 ドォン!  と、人が余韻に浸ってるのも束の間、クロがわしの股間に頭からダイブし、これまでにない激痛が走る。  「いぃぃぃぃてぇぇぇぇぇ!!」  御年81歳。81年間生きてきた中で数回ローブローを受けたことあるが、かつてこれほど肺にまで痛みの波が押し寄せたことはなかった。  「ひぃぃぃぃぃぃ……クロ、お前、血も涙もないんか……」  我ながら情けない声を出してしまう。
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