『愛犬』

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 そうだった。明日はの命日やった。不甲斐ない。こんな大事なことまで忘れるとは。年々歳をとると忘れっぽくなる。  「ああ、そうだったね。あれから、もう1年経つのか」  「早いわよね。子供のときは1年が遅く感じていたのに、歳をとると1年なんてあっという間やね」  「まるで昨日のことみたいだよ。前のクロとこんな風に散歩してたのが」  「クロちゃん、可哀想やったね……」  「しょうがない。17年も生きてれば、そりゃ寿命はくるわ」  「大往生やったね。前のクロちゃん、本当に長生きしたよね」  「まだうちの婆ちゃんが生きてるときから一緒に暮らしてたからな。わしにとってクロは自分の娘みたいなもんやった」  「そうそう。まだ小さかったクロを山で拾ったとき、かず君の奥さんも元気にしとったよね」  「婆ちゃんとわしとクロで今みたいに朝早く起きて毎日散歩しよったな。懐かしいわ」    昔話をしているととても寂しい気持ちになる。世間では『長生きは良いこと』みたいな意見も多いが、実際のところは長く生きているとそれだけ『別れ』を目にしてしまう。長生きするが故に、悲しい場面に出くわしてしまうのだ。  そんなわしの寂しそうな顔を見た茜ちゃんはハッとした表情をし、続けてこう言った。  「かず君、物事はポジティブにとらえたらええらしいよ」  「は? ポジティブ?」  「そうそう。前にお昼のバラエティ番組で、名前忘れたけどベテランの演歌歌手さんが言いよったよ。『悪いことが起こったときは、そのことに嘆き続けるよりも、前向きに考えたほうが心が平穏になる』って」  「ふーん」  「ようするに、悲しい別れを経験したからこそ、こうして今自分の周りにいる人たちを大事にすることができるんだと私は思うよ」  「なるほどねえ」  「例えば、そう、今のクロちゃんをこうしてかず君が大事にしてあげてるのも、前のクロちゃんがいたからこそできることだとうちは思ってる。だから、クロちゃんの死は絶対に無駄じゃなかったと思うよ」  確かにそうかもしれない。恥ずかしながら、ガキんちょの頃から茜ちゃんにはいつも励ましてもらってばかりだ。  「それにしても、このクロちゃん、前のクロちゃんによう似てるわね」  「そうやろ。そっくりやろ」  「まあ、もううちは80超えとるけ、目がだいぶ衰えてはっきりクロちゃんの顔が見えるわけじゃないんだけどね」  「あはははは。わしもわしも! 去年から両目がいよいよ衰えだしてからな、近くの物がよう見えん。歳はとりたくないないもんやな」
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