キスして抱きしめて

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「真琴に負担をかけたくないんだ。俺の気持ちわかってくれ」 「こんな時に男気なんか見せないでよ!」 「最後ぐらい格好いいこと言わせろよ」 「最後なんて言わないで――!」  真琴は悲鳴にも似たような声を上げた。 「真琴、ちょっと外出ようか」 「え、いいの?」 「少しなら大丈夫だろ」  病衣のままの武尊とエレベーターで一階まで降りると、病棟を出て中庭のベンチに腰を下ろした。  日の光と花壇に植えられた草花を目にすると、幾らか気持ちが落ち着いた。 「なあ、ひとつだけ俺の我儘聞いてくれる?」 「何?」 「キスしてほしい……一回だけ」 「え?」 「その為に外に出てきたんだ」  武尊の気持ちが読めず、複雑な気持ちになった。 「そんなこと、別れた男と出来るわけないでしょ! それなら撤回してよ。別れるって言ったこと」 「それは……」  武尊が困った表情を見せたことで、真琴の心は更にかき乱された。 「人間不信になりそうだよ。別れようって言われたはずなのに、キスして欲しいなんて言われて、でも別れ話は撤回しないって……」 「ごめん」 「謝ってほしい訳じゃない!」  それから武尊はしばらく口を閉ざした。 「ねえ、武尊の本当の気持ちを教えて」  真琴が顔を覗き込んだ途端、堰を切ったように武尊の目から涙が溢れた。 「……本当はすごく恐い。体に麻痺が出るかもしれない不安より、手術が終わって目覚めた瞬間から真琴がいない生活が始まることが、恐くて仕方ないよ」  最後まで聞き終えると、真琴は両手で武尊の頬を優しく包み、唇を寄せた。 「大丈夫だよ、そばにいるから」  真琴は自分の薬指にはめていた指輪を外すと、それを武尊の小指に移した。誕生日に武尊からプレゼントされたものだ。 「もう一回」 「え?」 「あと一回」 「ふふっ、いつもの武尊だ」  真琴はふっと肩の力が抜けていくのを感じた。 「待ってるから、余計な心配しないで手術を受けてね」 「ああ、わかった」  今度は鼻先に口付けてから、武尊を強く抱きしめた。
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