キスして抱きしめて

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 同じ部屋の同じソファーの両端に座り、互いに顔を背けていた。もう数十分もこの状態が続いている。  完全に自分が悪いとわかっていながらも、真琴はだんまりを決め込む。 「そろそろ仲直りしませんか?」  視界の端に、武尊の視線を感じた。 「……」  真琴がゆっくりとソファーの真ん中辺りまで移動すると、武尊も同じように移動し、肩が触れ合った。 「ごめんな。真琴のこと信用してないわけじゃない。ただ、心配だったんだ」  いつも折れるのは武尊のほうだ。喧嘩の時、真琴からは絶対に折れないことを、武尊はわかっている。  喧嘩は先に謝ったほうが勝ちだ。長引かせていいことなどひとつもないのだから。 「ごめんね。言い過ぎちゃった」  真琴も謝り、それから、どちらからともなく唇を寄せ抱き合った。  相手が武尊だから成り立っている関係だとわかっている。けれども、気の強い性格が邪魔をしてなかなか素直になれなかった。  そのくせ、仕事のストレスから不眠症を患った時期があったりもして、自分の性格がよくわからなくなる時がある。その頃は、毎日のように仕事終わりに武尊が顔を覗きに来てくれ、「帰ってほしくない」と言えば朝まで付き添ってくれた。 「ちゃんと終電には間に合うように帰るから心配しないで。家に着いたらちゃんと連絡するから」  初めからそう言っておけば良かったのだ。  けれども、武尊が本当に求めている言葉がそれではないことはわかっていた。 『何時にどこそこの店に迎えに来てほしい』  武尊が求めているのはこの言葉だ。たったそれだけで、武尊の不安を拭い去ることができるのだ。たとえそれが何時でも、どんなに離れた場所でも……。武尊は真琴の為なら、どんな苦労も厭わない。  けれど真琴は真琴で、恋人を足に使うようなことだけはしたくないという考えを持っていた。
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