キスして抱きしめて

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「夜分にすみません」 「ううん、構わないよ、上がって。夫は出張でいないから気を遣わないでね」 「ありがとうございます」  そのままキッチンに向かった朱里がグラスを手に戻ってきた。 「真琴ちゃん、座ってね」 「あ、はい」  テーブルにお茶が入ったグラスを置くと、朱里もソファーに腰を下ろした。 「武尊のことだよね?」 「はい」 「何て言われた?」 「あの……別れようって」  口にしてから、溢れた涙を指先で拭った。 「そう」  朱里はため息を吐くと、美しく整った眉を寄せた。 「武尊からは口止めされてたんだけどね……あの子、明日から入院するのよ」 「えっ?」  治まっていた動悸が再び激しくなった。 「それで、明後日が手術の予定」 「え、どこが悪いんですか?」 「……脳腫瘍が見付かったって。私もつい最近聞かされたのよ」  最近の武尊の体調不良はそのせいだったのだろうか。目のかすみに酷い頭痛、気になることも言っていた。 「それでね、そのことを真琴ちゃんには話さないつもりだって言うから、私、それは違うでしょって言ったのよ」  もう何を聞かされても驚かない気がした。 「そしたら武尊が、心配かけたくないから別れるつもりだって言ったの」 「そんな――」 「私が彼女なら納得できない、そう思ったから、こうして真琴ちゃんに話したの。でも、余計なことだったらごめんね」 「いえ。理由が聞けてよかったです」  けれども、納得できたわけではない。 「武尊の気持ちもわかるけど、そんな答えを出した武尊が許せない真琴ちゃんの気持ちもすごくわかるから。後は真琴ちゃんが考えて答えを出せばいいと思う」 「……はい」 「もちろん、どんな答えを出したとしても私が真琴ちゃんを否定することはないし、真琴ちゃんが嫌じゃなければ、私は今まで通りの付き合いをしたいと思ってる」 「朱里さん……。ありがとうございます」  自宅に戻った真琴は、悶々としながら夜が明けるのを待った。
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