野良犬はぼやく

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野良犬はぼやく

 失敗ばかりの一日に、生きて来た二十六年間の経験が何も使えないどころか無駄ばかりだったと、必要以上に思い知らされていた。  一日かけても、自分の名前を彼女に呼んでもらうことも出来ないのだ。  呼びかけてもらおうと、寝たふりまでして待っていたというのに、だ。  起きてくださいな、バルドゥク、と。  呼びかけてくれないと言う事は、起きて来るな、そう言う事だろうか。    大きな体で威圧感を与えないようにと、毛布をかぶって暑さにも耐えていたのに、やはり俺は繊細な彼女には単なるデカブツでしかないのか。  いいや、俺を素晴らしいと褒めてくれなかったか?  いいや、それこそ姫である彼女の社交辞令では無いのか? 「どうしたものかな」 「反省したなら、とりあえず目の前の敵を倒してください」  視力が悪く無いくせに眼鏡を付けている男は、メガネで隠したいと考えているミッドナイトブルーの瞳を輝かせた。髪色は茶色で普通だが、目鼻立ちが整った顔立ちは貴族的で、本人は嫌がっているが男爵家の四男坊だという育ちは隠せない。  ただし、貴族の家で上手に生きれないからこそ軍隊に入った男であるので、思慮深いくせに激しやすく攻撃的な面も持っている。 「マクレーン。副官の君がやらないの?」 「指揮官に譲ります。鬱憤晴らしは必要でしょう。笑っちゃいましたよ。星空を見ながらの夕食は女心を惹くというセシルの提案を、そのまま野営飯にしてしまうあなたの手腕に。普通の貴婦人だったら、違う意味で引くでしょう、と」 「君は思いっきり賛成していたじゃないか」 「あなたはこんがり焼いた虫が食べれるのかなって、興味がありました」 「え? 何のこと?」  にやっと嬉しそうに笑っただけで秘密めかした男に俺は大きく舌打ちをすると、とりあえず目の前の三人を斬り捨てて、少ない時間で作った仕掛に敵を追い込めるようにと、再び動き出す事にした。 「安全地帯、間違えないでくださいよ。まだ死にたくありません」 「自分で発案したんだもの。それは無いよ」 「ダンが嘆いていましたよ。工兵の自分の立つ瀬が無いって」 「これはダンの爆弾があってこそでしょう。いいじゃない。俺はさ、仕掛を作るのは好きなんだよね」 「カルヴァーン砦を壊滅させたみたいに、ですか? 砦は奪還しましたが、もう使えないでしょう、あれ」 「いいの。一方的に殺し合うよりもね、国境を挟んで睨みあう方が平和でしょう。砦が欲しけりゃ、また作ればいいんだよ」 「籠城させた上に砦を埋め立てて破壊した悪魔が言う事ですか」 「兵糧攻めを提案したのは君でしょう」 「あそこの砲台を無効化したのはあなたでしょう。数百枚の鏡とライフル数丁で終わる作戦なんて、誰も考え付きませんよ」 「俺は悪戯も好きなんだよ」  あれは仕掛けなんてものはない。  兵士達に鏡を持たせて散開させて、太陽の光を砲台に反射させただけである。  ほんの数秒動きが止まれば、ライフル兵が仕事をする。  砲兵が死んで発射できない砲台に、今度は砲弾をぶつけて砲台そのものを破壊すれば全て終了だ。  砲台だけに攻撃力を頼った砦は砲台を失ってただの物見やぐらと化し、攻撃手段を失った砦の中の兵士達は援軍を待つしかない。 「鏡の光だけで砲台を爆破するだなんて、あなたはどこであんな悪戯を覚えてきたのです」 「いいじゃないか。それは」  俺は鏡には光の反射しか考えておらず、鏡が数百枚分集まると太陽の反射光が熱までも帯び、よもや砲台の砲弾を暴発させられるとは考えてはいなかったのだ。  数日掛けて潜んで待機していたライフル兵団と移動砲台を数日掛けて運んできた重砲兵団の、無駄なことをさせやがって的な無言の抗議が心に痛かったと思い出す。 「可哀想でしたね。砲撃兵」 「鬱憤晴らしはさせてやっただろ」  彼らは思いのたけを込めて籠城する砦周囲の山々へ砲撃し、俺は出来ればよいぐらいの気持ちでの命令だったが、彼らは本気で土砂崩れを引き起こした。  砦に籠城する敵兵達は砦に押し寄せる泥土に脅え切り、俺達にようやく白旗を上げて投降したのだ。 「前回はうまくいったけど、今回は全部を殺さないと駄目らしいね。嫌なものだ」 「気持ちが良い位に俺達は囲まれていますからね。仕方が無いでしょう。では!」  俺達二人はあるはずの浅い塹壕に一斉に伏せた。  ガガガガガッガガッガガガガガガガ  中心に赤々と燃える焚き木を配して、俺達が敵を翻弄させながら、大勢の敵に囲まれる。  すると、ダンの作った爆薬が破裂し、薪を周囲に砲弾のようにまき散らすのだ。  あぁ、釘や鉄くずも飛んでいくかもしれない。  とりあえず、俺達は安全のために爆薬の燻りがなくなるまで身を潜めているしかない。  俺は何をしているんだと、自問しながら。  こういうのは得意なんだけどなあ。
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