二年前の悪戯の夢

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二年前の悪戯の夢

 バルドゥクが宿屋にやって来れたのは、私が部屋に落ち着いた四時間後だったそうである。  出迎えたかったのに、残念。  私はその頃には、完全にベッドの中で爆睡していたのだもの。  昨日から今日。  突然のことながら、私はそれなりに緊張していたのだ。  だからエーデンに再会したことで緊張がほぐれたからか、私は深い眠りに簡単に落ち、そして、夢の中で二年前に戻っていた。  二年前のある時、前線に近い街にて陰惨な事件が起きた。  聖ダヤン修道院の修道女の一人が乱暴されて殺されたのである。そこでダヤン修道院長が、修道院への保護を願う陳情を王宮に出したのである。  もちろん王宮は些末な事だと修道院長の書簡を放ったが、私とエーデンは修道院長に会うべきだと勝手に強行した。  そこの前線基地にエーデンの想い人、イーオスがいたのであり、私とエーデンは彼に会えるとその前線に近い町に無謀にも出掛けたのである。  こんな浮ついた気持ちでしかないことが、院長には申し訳しかなかったが。  しかし、修道院に着くや院長から実際を聞いて、私達は脅え、そして怒りに震えた。  修道女を乱暴したのは味方の兵、つまり国民を守るべき我が国の兵士だった。  彼らは敵を打ち倒すよりも、守るべき街で暴れていたのである。  修道院がコンスタンティス正教国の多神教の神を崇めるものでなく、大陸全土においてはポピュラーな一神教の宗教、アトモス教のものだという点が彼女達の不幸でもあった。  戦争相手のロンディス共和国こそ、その宗教の信者達が集まって興した国だという歴史を持っているのであれば、我が国の兵士達には修道院は鬱憤晴らしの良い的でしかない。  けれどアトモス教が大陸ではポピュラーな宗教であるというならば、実は我が国の半分近くがその宗教の信奉者というものでもある。  アトモス教の信者も結婚式や公的な儀式では司法神に祈り誓いをしているのは、この国の成り立ちから定められた義務的なものであり、神々の代弁者と言う王家の権威の為だけでしかない。  それなのに宗教違いを理由に暴力行為を成すとは、馬鹿者が!!  私が王女として怒りに震える横で、同じぐらい怒りに震えていた女性が立ち上がった。 「私、イーオスに会ってきます。どのような状態なのか聞かなければ」 「そうね。どうしたら街の人達の害にならないように軍隊を抑えられるのか、情報が必要ね。でも、一人で大丈夫なの? 危険はない?」 「たぶん。あの頃のイーオスのままなら、問題など無いはずだわ。それに、私を失望させる男になっていたのならば、私は彼への思いを断ち切れるってものです。ええ、イナゴバッタ伯爵とだって結婚出来るわ」  あぁ、あの日のエーデンもとても強かった。  彼女は男ばかりの軍隊に年老いた修道女一人を味方に乗り込み、なんと、想い人のイーオスを携えて戻って来たのである。  彼女の想い人だというイーオスは、彼女が語っていた通りの物凄いハンサムでは無いが、人柄の良さそうな物腰と、知的で静かな雰囲気を持つ男性、という第一印象を私に与えた。  そんな彼は、王族である私に対しこびへつらうことはなく、まっすぐに自分の思う事を伝えてきたのである。 「軍紀の乱れは嘆くばかりです。上が率先して軍規を乱しているので尚更たちが悪い。情けないことに、戦果を上げれない鬱憤を守るべき人々に向けているのです」  彼は私達以上に憤慨しており、そして、このままでは次の進軍で自分は死ぬとまで言い切った。 「どうして」 「姫様。兵の使い方のわからない男が上官では、いくら命があっても足りません」 「では、あなただけでも軍を抜けることはできないの?」 「領地を持たない男にはこれしか無いんですよ。食べていくために入隊したのです。それに、この少尉という階級は、私の為にと無い金をかき集めて両親が手に入れてくれたものです。軍人になるならば少しでも生き延びられるようにとね。親に楽をさせてやるつもりだったのに、逆に親の大事な貯えを奪ってしまった。これを捨てる事など出来ません」  買ったのであれば売ってしまう事も出来るのではないか、と考えた私はろくでなしであろう。エーデンなどはイーオスの言葉に一々うなづいて、感動迄しているのである。 「では、上官を撃ち殺してしまうのはいかが」  当たり前だがイーオスとエーデンはお茶を吹き出した。 「どうしたの? 流れ弾なんてよくあることでしょう?」  イーオスは咳払いしたが、それは咎める目的どころか笑いを隠すために見えた。エーデンはなぜかイーオスに向かって胸を張っている。  そして私の視界の隅では、私の想像通りの振る舞いをした人もいた。  男性と席を共にする事に際してのお目付け役として同席していた修道院長が、私の言葉を諫めるどころか微動だにしなかったのだ。それどころか、彼女はお目付け役という役を放り投げ、私達の話題に加わり始めたのである。  嬉々として、身を乗り出す勢いで。 「姫様。殺した所で新たな間抜けがやってくるというだけですよ。さて、少尉殿、今の話題の間抜けな上官は、あのポーツマス大佐のことでしょうか」 「いいえ。大佐は前線基地の長ですが、彼は単なる置物です。社交界シーズンが始まれば王都に戻ってしまいます。実際は彼の下のエンビー少佐が指揮をとっております」 「では、直接的な間抜けを追い払い、そこに真っ当な男を添えるのね。あなたのような」  院長の言葉にイーオスはカっと両頬を赤らめ、それは違うと言い切った。 「私はそこまでの男ではありません。ですが、います。しかし、平民の彼は金があっても尉官も買えない。彼が隊を率いれば兵は死なず、町の誰も傷つかないでしょう。彼に少佐、せめて大尉の階級を売ってくれる者がいれば、の話ですが」 「今は何一つ階級が無いのですか? それなのに、少佐に?」 「ははは。貴族の子弟ならば、パパ買って、で手に入るものですよ。私も戦争など知らないで生きて来たのに、軍に入隊した日から少尉さんですよ。こんな私の指揮のせいで死なせてしまった兵士も多くいます」  乾いた笑い声をあげたイーオスの表情は暗く、彼が軍を離れないのは少しでも平民出の兵士の命を守りたいと考えているからではないのかと思い至った。  特に、彼が軍を率いる役職に据えたいと願っているような男の為に。 「では、間抜け少佐が階級を売れば問題は全て片付くのね。相手が平民だろうと恥も外聞もなく売り払いたくなる気持ちにさせてさし上げれば解決ね。院長様、男性を夕餉に誘ってもいいかしら。わたくし、結婚相手のいない醜女でしょう。勇猛果敢な少佐様なら結婚してくれるような気がするのよ」  イーオスとエーデンは真っ青になり、私にそんなことはさせられないと同時に叫んだが、私の計画を読んだかのように院長はきらりと両目を輝かせた。 「今夜、ですか? 姫様」 「いえ、あちらにもご都合があるでしょうから、三日後ね。ふふ、しっかり準備ができそうね」 「我が修道院、一丸となってお手伝いさせていただきます。姫様」  私は虫や蛇などを使い、豪勢な食事を作り上げた。  伊達にバッタ男から薫陶を受けていない。  それから私は数百年生きた様な老女の姿に扮装し、美に固執するばかりに頭がおかしくなった女を演じたのである。 「バッタには骨を強くして肌を白くする効能があるの。ああ、このあざが少しだけ薄くなったわ、でしょう? それから、蛇はカエルよりも美味しいのよ。肌がとってもモチモチになるの。あら、どうしてお食べにならないの?」    男には醜女が妻だったら愛人を作って逃げる手もあるだろうが、後生大事に育てられた少佐様が、付き合いだろうが虫の丸焼きを口に入れられる訳はない。  彼は自分には婚約者がいると大声で叫んで私の前から逃げ去り、そしてイーオスの話では、近くにいた誰にでも、金さえ出せばと少佐の階級を安売りして、軍隊からも逃げたという。  軍隊では、下の者が上の人間を怒らせると、下の者は死地送りで処分されると聞く。  私はれっきとした王家の姫。  全軍を掌握する男の娘であり、完全なる上の者だ。  奴は一生軍には戻らないであろう。  ちなみに、新たな基地の指揮者によって修道女を殺した男達が断罪されただけでなく、軍の規律も刷新された。  兵団長バルドゥクの名はここから始まる。
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