ジャスミンは淡い記憶を呼び覚ます

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ジャスミンは淡い記憶を呼び覚ます

「姫様、起きてください」  私を揺り動かしたのは、エーデンが譲ってくれた小間使いのミナである。  赤い髪に白い肌のミナの顔にはそばかすが散っているが、そこが健康的で可愛らしい。また、てきぱきと動き回る様は小気味よく、さすがエーデンの眼鏡にかなった人物だと感嘆した。 「姫様、あの、この花はどこに飾りましょうか。あの、旦那様が奥様にと」  ミナがおずおずと差し出した手先を見れば、蔓の茎に真っ白い花と葉がついているネックレスの様な小さな花束だった。  蔓だから花束にするのは難しかっただろうにと思いながら、私はこの小さくて可愛らしい花束を両手で受け取った。  萎れかけていても花の香りはかぐわしく、私は花を贈ってくれたという行為が嬉しいと両手の中に鼻先を埋める。 「いい香り。ジャスミンなんて一体どこに咲いていたのかしら」  この国では夏によく見かけるが、今はまだ季節外れだ。 「おそらく、でも、あの」 「どうしたの、口ごもって。いいから言ってごらんなさいな」 「あの、男の人相手のお店があって、そこの店の中ではジャスミンが一年中咲いているって、あの、この宿街では有名で」  私は途端に手の中の花が汚らわしいものに思えてきたが、手の中で萎びている花が哀れにも見え、その花をそっと手近にあった洗面器の水に浮かべた。  白い花は洗面器一杯に広がり、その光景をどこかで同じように見た様な気がした。 「あぁ、噴水だわ。ダヤン修道院の噴水。あそこにはジャスミンが沢山咲いていて。そうだ、私はこの香りが好きだって、王都に戻るまで昼は毎日庭に出ていたんだわ」  昨夜見た夢とジャスミンが重なり、だが、違和感もあった。  後にエーデンからイーオスが少佐にしたかった男がバルドゥクだと聞くことになったが、二年前のあの時にも確実に私達は邂逅の機会などなかったはずだ。 「単なる、偶然? エーデンがイーオスに語れば全て筒抜けでしょうけれどって、あ!」  修道院の庭には高い目隠し塀というものがあるが、塀には狭間も空いていた。城にある矢や銃撃するためのものでなく、小さな半月型の飾り窓のようなものだ。  この狭間から修道女が恋人と禁断の愛を囁き合っているのだと、滞在しているうちに噂好きの修道女達が吹きこでくれたと思い出す。  だから私は滞在中のある日、ほんの出来心で塀の狭間に顔を向け、誰もいないと思いながら囁いたのだ。  そこにいるのはわかっているわよ、と。  はたして、息をのむ音と走り去る音が壁の向こうから聞こえた。  それで私はそこに誰かがいたのだと知ったのだ。 「あれが、彼、だった?」
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