父から早馬

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父から早馬

 エーデン達と合流した私達であるが、このまま黒曜烏伯爵領に向かう予定が、王宮へと行き先を変える事となった。  和やかな朝食途中に王宮の使者が宿屋に飛び込み、私の父からの書状を私に突き出したのである。  君には激しくがっかりしている。  結婚式の日程をこれから決める予定だったのに、なぜこんな愚行を犯した。  王族のしきたりと心得はどうしたものか。  お前は平民では無い。  駆け落ち婚にも見える今回のこの浅慮な行動は如何なものか。  まずは戻ってこい。 「姫様!!陛下からの書状を握りつぶすのはおやめください!!」  使者の泣き声で私は思いとどまったが、あれでも王様で彼の命令には私達は背くことは出来ないのだから、手紙をぐしゃぐしゃにするぐらいの鬱憤晴らしは許して欲しいものである。  イーオスは身重の妻を無事に里帰りさせられると、一人あからさまに胸をなでおろしていた。確かに、身重のエーデンが黒曜烏伯爵領にまでついて来たら大変である。来る者みんな死ぬ呪いの領地だ。 「では、誰がセレニア様の式を早めたのかしら? それに、昨夜はバルドゥクが襲われかけたのでしょう?」  私達はいっせいに発言者へと視線を向ける。  エーデンは、私達が気が付かなった事こそ不思議、そんな顔だ。 「そうね。エーデンの言う通り。バルドゥクを狙って失敗したからもう一度呼び寄せる、そう考えてもいいのね」 「あなたを手放したくないだけでは?」 「あら。王宮にいた時だって好き勝手にできるぐらい放置でしたわよ? ねえ、エーデン。私達は色々いたしましたわよね」  エーデンは私に微笑む。  あの青鷺侯爵に対して、私達二人で報復を行うなんて怖いこともしたのだ。  私とエーデンは図書館の本を漁って罠を庭に設置し、下女を庭に連れ込んでは無体を働くあの男を罠で身動きできない状態にしたのである。  その次に何かをしたか?  完全放置しましたわ。  聞いた話によれば、彼は救助されるまで一日半を要し、発見された時には己の糞尿に塗れているという状態だったそうですわ。  それで評判が粉々になった青鷺侯爵は、人前に出られなくなり、ある日忽然とこの世から消えたそうね。ちなみに、婚約者を失った私の姉は、新侯爵となった弟の方と結婚をし、今は何の憂いも無い幸せな生活を送っていらっしゃる。 「その好き勝手をしていた姫が、全軍を動かせるぐらいのカリスマ持ちの英雄の嫁になったんだ。そのことに気が付いて戦々恐々となったのでは?」  私とエーデンはイーオスを見返す。  イーオスはやはり戦術家だわ。 「それでバルドゥク殺しに躍起になっていたってことね。では、王宮に戻らずに、やはり黒曜烏伯爵領に向かいましょう。くだらない権力者に夫が殺されるぐらいならば、反逆者の汚名ぐらい被りましょう」 「どこまでもお供しますわ、セレニア様!!」 「いや、君は身重!!姫は自重して!!で、姫様、こ、こう考えられませんか?」 「なんでしょうか。少佐」 「いえ、あの、先程はほんの冗談でして、今から言う事こそ真実に近いのではと思いまして。これは単に姫様への横恋慕、と考えたらいかがでしょう」 「誰が横恋慕してやがると?」  地獄の底から響いたような、獣のうなりに近い凶悪な声だった。  私達の視線はバルドゥクに集まる。 「――だが、その男の方が姫に相応しい奴だったら、ああ俺は」  視線が集中した中でバルドゥクが続いて呟いたのは聞き流してもいいようなものだったので、私もエーデンもイーオスに再び注意を戻す。 「少佐。先をお願いしますわ」 「あなた、お願い」 「ええ、では。私はこう考えます。バルは伯爵になったが、出自は下民でしかない、と言う所がポイントです。つまり、貴族に自分も成り上りたいが、バルのように軍功を上げることもできない人物が、バルを殺して未亡人となった姫と結婚して伯爵になろうと望んでいると思うのです」 「あら、私と再婚しても伯爵にはなれないでしょう」 「いいえ。イーオスが言う通りに、私は本当の意味で伯爵位を授与されたのでは無いのですよ。登録料という名の伯爵位の代金は支払いましたが」 「あら」  バルドゥクが語るには、黒曜烏伯爵位を与えられたのは姫である私なのだそうだ。  そして男尊女卑の激しいこの国では女そのものが伯爵になれないので、結婚相手であるバルドゥクが伯爵に成り上がっているというだけなのだという。  私達に子供が出来てそれが男子であれば、伯爵位はバルドゥクから奪われてその子供に伯爵位が移動する。  下民に終生伯爵位を与えてなるものかという厭らしい思惑が見えるが、そのせいでバルドゥクが亡くなれば私が女伯爵に戻ってしまい、私と結婚する者は誰でも伯爵になってしまう。  混乱の種を撒いてどうするのだと父を責めたい。  いや、こんなことを考えたのは父に成り代わって政治をしているエバンズだろう。  よって、バルドゥク暗殺の真犯人はエバンズしかありえない、という解答になるのだ。 「さすがイーオス少佐ですわ」 「いえ、これでも私の実家は貴族の末席ですから」 「じゃあ、男爵家の四男だったらもっと早く気が付いていたってことか」  バルドゥクが不穏な声で呟き、彼は私達がいるテーブルから離れたテーブルにて談笑している男達に振り向いた。  そのテーブルにはバルドゥクの副官のマクレーンが、やはりバルドゥクの部下のジーニーという人と席についていた。知的なマクレーンといつも本を片手の寡黙な人は気が合うのだろうか。 「あの方々は男爵家の?」 「マクレーンがな。あいつは男爵家四男で少尉だ。昨夜から俺の話を聞いているはずなのに、全く思い当たらなかったとは」 「あら」  私がバルドゥクの部下達を見つめていると、視線を感じた二人がこちらに顔を向けて軽く目礼をした。その素振りでマクレーンの髪が揺れ、黒子がある耳たぶが見えた。  あら彼は、二年前の間抜け少佐へのおもてなし会について来た一人だったのではないかしら。  優秀な頭脳を持つマクレーンが、エバンズが私というか伯爵位を狙っているという考えには至らなかったのは、あの晩餐で虫の丸焼きを平気に口にした私を覚えていたからであろう、とすぐに思った。  あの姫を欲しがる人なんかいない、あの時の少佐と同じことを思ったのね。  でもね、言わせて貰えれば、あの脅しは私が美味しそうに虫を食べてこそ、なのよ。  それに、イナゴはエビのような味で、実はそれなりにおいしいの。
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