あなたを想って悪巧み

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あなたを想って悪巧み

 王都に戻ってひと月、夫と妻は離れ離れとされたままである。  私とバルドゥクを連れ戻した父は、国民的英雄を蔑ろにするわけにはいかないだろうと、私ではなくバルドゥクを懐柔する作戦に出た、と思い出す。  父がバルドゥクに語りかける姿にビクつきが見えるところから、父はバルドゥクの人柄に惚れた訳ではなく、純粋に彼が怖かったのだろうと思う。  バルドゥクは、時々ミノムシとか拗ねた子供みたいになってしまう、とっても可愛らしい男性でもあるのに。  でも、父にそんなことは伝えない。  私はたった二日程度でバルドゥクとは離れ難い気持ちになっているのだから、父がバルドゥクが怖くないと知って引き裂いて来たら事である。  ここは父にはしっかりバルドゥクに脅えて頂いて、私達にとって良い条件にしてもらうべき。  そう考えて黙っていたその結果、私とバルドゥクは、一か月後に国民の前で結婚のお披露目会をすることになった。  実際はバルドゥクと私は本当の結婚という繁殖行為はしていないが、一晩男と女が一緒だったのだからと父は誤解してくれている。そこで私のお腹が膨らむ可能性も考えて、王宮主催の催しを一か月後にという無謀な日程を組んでくれたのだ。  もちろん、そんな誤解は解く気も無い。  でも、三ヶ月後でも良かったかしら。  ドレスをもっと拘れる。  いえいえ、バルドゥクの事を思えば一か月でも長いくらいよ。  ええ、本当にこれまでの一か月は長かったわ!!  ああ、一か月もバルドゥクの顔を見ていない、なんて。  領地に帰っているどころか、彼は王都に留め置かれているというのに。  それも、王宮の迎賓館ではなく、他国からの使者用の宿舎に半監禁状態で留め置きなのよ。  この状況を考えるにつけ、やはりバルドゥク暗殺はエバンズ一人でなく、平民に力を与えたくない国の総意の気がしている。  だから今の私は、本気でクーデター起こしましょうか? という心境だ。    さて離れ離れの私達を繋ぐ者は、バルドゥクの従僕のキリアムだ。  彼は私とバルドゥクとの手紙を運ぶ大事な存在であり、私の知らないバルドゥクについて語ってくれるという得難い人だ。  チップとお菓子の用意も必要だけど。 「このムースは美味しいですね。さすが王宮。団長が滞在しているところは、あんまり食事が良く無いんですよ」  私はベルを鳴らす。  控えていた召使が顔を出し、私は彼女にキリアムが帰る時に持たせるものについて指示を与える。せめて妻として、夫には美味しいものを食べさせたい。  召使が姿を消した頃、キリアムのバニラムースも消えていた。  がっくりしたその姿に、私はまだ手を付けていないムースを渡す。 「いいのですか?」 「どうぞ。お菓子は喜んでくれる方の胃袋に納まるべきよ」 「ふふ、では遠慮なく。団長も食べられたらいいのに。迎賓する気も無いだろう安普請の宿舎なくせに、たっかい滞在費を支払わせられているんですよ。それなのに、食事にデザートも付かないんです」 「まあ!!辛いわね。あなたはお菓子好きなのに」 「ええ。ですから僕は違う所に住んでます。そこをぶうぶう言われるので、こうして姫様と団長の繋ぎになっているのです」 「キリアム。お土産のお菓子もお肉も、絶対絶対バルドゥク様に渡してね」 「もちろんです。団長を想って下さり嬉しいです」  あら、この子は試したのね。  でもきっと、滞在費のことは真実ね。  私は王宮の正式用紙を差し出し、そっと声を落としてキリアムに囁く。 「最終的にいくらぐらい彼は奪われそう? 大体よ、多く見積もって」  キリアムはニヤリと笑うと、彼が計算した大体の数字を紙に書きつける。  そして期待を込めた目で私を見つめながら、彼は用紙を私に差し出した。 「晩餐会の費用も足してあります」 「晩餐会も? 人のお金でパーティって、情けない話ね」  キリアムの数字はとても微妙だった。  正当な数字にほんの色を付けた程度で、こんな数字を数秒ではじき出せる彼に私はかなりの尊敬の念を抱いた。  私は彼から受け取った用紙に実際の母の遺品リストを書き足し、キリアムの書いた数字には母の持参金と勝手に書き加える。  良いでは無いか。  普通だったら嫁ぐ娘には持参金を付けるものだ。  前回は引き出す余裕も無かったが、今回のこの軟禁を好機とみて少しでもお金を引き出して見せる。  私は用紙に署名と押印をして正式書類に作り上げたそれを、キリアムへの信頼だけで彼に差し出す。 「ねぇ、母の遺品が宝物庫に眠っているの。私は母の形見を全部嫁ぎ先に持っていきたいのよ。持参金もこのぐらいあるだろうし、お願いね」  私の差し出した用紙をキリアムは獲物を見つけた猫のような顔で受け取り、あからさまに恭しいしぐさで胸元に片付けた。 「おまかせあれ。では、僕を引き留めるムースも消えましたので」  用事を済ませた彼はすいっと部屋を出て行こうとし、私は大事なことを思い出して慌てて声を上げた。 「あ、待ってキリアム」 「何でしょう」 「あの、あの、もう少しお茶はいかが? バルドゥク様の様子ももう少し聞きたいし、あの、貴方に頼みたい伝言もあったの」  彼は晴れ晴れとした顔で、いいですよ、と答えた。
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