私が彼に伝えたいこと

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私が彼に伝えたいこと

「ねぇ、セレニア様は緑ケ原伯爵をどんな方だとお思いですか?」  キリアムは頬を膨らませたまま尋ねて来た。  彼の頬にはババロアが詰め込まれている。  ムースは厨房にもうなく、代わりとしてババロアが届けられた。ぶるぶると揺れるクリーム色のババロアに、キリアムは最初は脅えまで見せていた。だが、今やババロアのない世界など滅ぼしてしまおうという勢いで口に運んでいるので、彼の膨らんだ部分は全部ババロアだ。  ムースよりお気に召している。 「うーん。尊敬できる、変態?」  キリアムは咽たが、ババロアを吐き出すような事はしなかった。  顔じゅうを真っ赤にはさせたが口は堅く閉じ、ひたすらに次々と起こっているであろう咽の発作に耐えきったのである。 「あなたは凄いわね、キリアム。えぇと、熱いお茶よりも水の方が良いわね。はい」 「ぐふ、ありがとうございます。――それで、変態? 緑が丘伯爵はとても見目麗しい方だと評判ですが」 「あらそうね。そう、優美な猫のような外見よ。赤と茶と金が混ざった不思議な髪色に、金と緑が混ざった瞳を持つ、美しい人。でも、中身は生まれながらの学者、いえ、探究者ね」 「探究者ですか? 変態の」 「そうなの。彼はとっても博識で素晴らしい人なのだけれど、少々虫に傾倒しすぎなのよね。初対面がバッタ男よ。お姫様に対してバッタのマスクを被って現れたのよ。信じられる? バッタは食糧難を救うって演説迄聞かされたわ」  ガチャンとカップは乱暴にテーブルに置かれ、キリアムは従僕とは言えない眼つきで私をじっと見つめ返した。まるで爵位のある貴族のように堂々と、だ。 「何か気に障ることを言ったかしら」 「あの、虫関係は止めてください。僕は虫が見るのも聞くのも堪えられない人なので」 「あら。ごめんなさい。あぁ、そうだ。彼が農学が大好きで実践もしている理由が、食を作るだけでなく兵器も作れるからなんですって。つまり多様性と創造性が大いにある分野だからかしら。肥料から爆弾が作れるって驚きよね」 「それは常識ですね。そんなことに夢中になっている程度の男ならば、大した事はないですね。何も無いはずの所から様々な戦術を編み出せる団長の方が素晴らしいです」 「まぁ、キリアムったら」 「それで、あなたとその伯爵との付き合いは、今は手紙ぐらいなのですか?」 「あら、いいえ。彼は買い付けや学会の発表で王都に来られるのだけど、その時に私に会いにも来てくれるのよ。色々なお土産を携えてね」 「――どんなものですか?」  キリアムの態度が少し硬くなった気がするが、私は棚にある貝を貼り付けた象牙の化粧箱をキリアムに持ってくるようにお願いし、彼は私の言う通りに箱を携えて戻って来た。 「これ、ですか」 「そう、これこそあなたにお願いしたかったことね。伯爵からの贈り物はこの中に全部入っているわ。これを、バルドゥク様に持って行って下さる?」 「何のためにですか?」 「私は、私達は話し合う機会も何も無いわ。私はバルドゥク様に私自身を知って欲しいのよ。えぇと、中身はドレスのポケットに入る小型の武器ばかり。私はアレンのことは父親のように頼って、自分の脅えを彼に告白していたの。私は女に乱暴する男の人が怖い。今回のことで納得がいったけれども、エバンスが呼んでもいなくて部屋に入ってきたりしたことが何度かあるの。とても怖かった。そのことも相談していたの」 「それでそれらが」 「そう。それでね、彼は私の身を守るためのいろいろなものを考案しては贈ってくれていたのよ」 「――あなたが頼りたいのは、本当はアレン卿だという事ですか? そのことに気付けと」 「違います。これをバルドゥク様に全部手渡すのは、私が彼を信頼しているって証になるかしらって。だから、だから、私は無力になったのだから、一生私を守って欲しいと、あの、彼に伝わるかしらって」  キリアムは口が顔を二分するかの勢いで口角を上げ、猫のような端正な顔をお面のような笑顔に変えた。 「ククククク」  私は何か間違ったのだろうか。  笑い出したキリアムがとても怖い。  彼は両腕で抱えている箱を一先ずティーテーブルに置くと、ひょこっと屈み、左足のズボンを引き上げた。  なんと、キリアムの足首には、黒光りする小型のナイフが縛り付けてあるではないか。  驚いて目を丸くする私を尻目に、彼は素早くそれを外し、どうぞと私に手渡してきたのである。 「え?」 「どうぞ。あなたが完全に武装解除する必要はありません。ここには僕も団長もいませんからね。身を守るすべは完全に失ってはいけません。それが信用する相手でも」 「ありがとう」  小さいながらも切れ味の良さそうなナイフは、実は私が今までアレンから貰った道具の百倍は有能そうなものである。 「団長に伝えることは他にありませんか?」 「えぇ、そうね。また会えることを楽しみにしていると」 「もうすこし色っぽくお願いしますよ」  私は言葉に詰まり、でも、キリアムは真っ赤になった私を笑い飛ばすと、私のささやかな武器を持って私の部屋から出て行った。  言えるわけがない。  あなたの素敵な声が早く聞きたい、なんて。
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