独身最後パーティが出会いの場と言うならば

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独身最後パーティが出会いの場と言うならば

「すごいわね。完全に別人よ」  エーデンよりも明るい茶色の髪をした少女は、鼻先にそばかすが少々散ることが物語る通り、エーデン以上のお転婆で、新しい物好きある。そして、駆け落ちなどした姉の汚名をものともせずにアリアを侍女として王宮に召し上げた私に対して、彼女はかなりの恩義を抱いて姉顔負けの義侠心持ちとなっている。  子女が駆け落ちなどすれば、その家は貴族社会から弾かれるのが貴族社会の掟だ。  だがしかし、白鳩子爵家は私が守るからと約束し、エーデンに駆け落ちを焚きつけたのは私だ。  アリアが恩義を感じる必要は無いのである。  そんな彼女を利用した自分が何を言っているのかと思うが。 「ふふん。私の手腕は姉譲りです」  アリアが連れてきたのは、ダリウス・マクレーンという名のバルドゥクだった。  良かった、ちゃんと通じていたわ!!  彼は茶色で長髪のカツラを付け、副官から名前と一緒に借りた眼鏡迄着用していた。  私は彼との再会に心が弾み、だが、エスコートしているアリアが彼の腕にぶら下っている情景には、芝居だからと思っても胸がチクリと痛んだ。  私もあの腕にぶら下りたい。 「虫歯でも痛みますか?」 「はい?」 「いえ、包帯で右頬を隠すように巻いているから」 「人は私の顔に余計な気を回しますから」 「あ、すいません。あの、表情が一瞬曇って、その」  彼は私の表情を気にかけているのだと知って、私の胸の中でわさわさと羽があるモノが飛び立ち始めた。 「あ、もしかして足が痛みますか? 左腕が開いています。姫様は如何ですか」 「喜んで!」  久しぶりの深く滑らかな声の素晴らしい提案に私は喜びに震え、そして、はしたなく甲高い声で答えてしまっていた。周囲の注目を浴びる程に。 「あ、いえ、いいえ。あとの楽しみにしているわ」 「いや、今」  扮装している癖に目立つ事など気にしない男は強引に私を自分の左腕にぶら下げ、私は豪快な夫を倣って来訪者への挨拶なんて放り投げた。  なんて素敵。  今や広間の隅だが、夫と友人という気の置けない人達と楽しく笑っていられる。  広間の隅なのは、気の利きすぎる椅子取り名人の夫が私の為に座り心地の良さそうな椅子を確保し、私を広間の隅に座らせたからである。  一つだけ不満を言ってもいいのならば、私は彼の腕にもっとぶら下っていたかった。  つまり、彼にずっとそばにいて欲しかったのである。  そんな私の気は知らない彼は、私を放って私の為にあちらこちらへと動き、着ているジャケットの裾を羽のようにひらひらと舞わせている。  彼がアリアに無理矢理に着せられたドレススーツは、最近の若い紳士が好む紺色だ。だがジャケットの形は未婚男性が好む最新流行の腰の部分を細く仕立てたものでは無く、ガウンのようにストンとした形のものだった。  けれど、そこが彼らしく、いや、彼を彼せしめていた。  だからか、彼は会場で女性達の注目をかなり引き、次々と若い淑女達の誘いもかけられてもいるのだ。 「あの紺色の蝶々は何なの」 「すいません。あの、姉は今風にしろと煩かったのですけどね、私はこっちの方がって」  私は誤解させてしまったと、慌てて隣に立つアリアの手を握った。 「もちろんよ。私が頭に来たのは彼がふらふらしているからで、彼の格好にではないわ。だって素敵じゃない。あなたのセンスはエーデン以上だと思うわ。いえ、この国ではきっと一番に違いないわ」 「それは褒めすぎですわ」  何でもできて人気者のエーデンは、当り前だが私の侍女をしていた時は、王宮のファッションリーダーだった。  そしてアリアも誰よりも素敵なコーディネートを考えるのだが、エーデンをやっかんでいた人間がわざとエーデンを持ち出してアリアを貶めていた、と思い出す。 「ごめんなさいね、急に暇を出す事になってしまって」  私がアリアに頭を下げると、アリアはうははと淑女らしくない笑い声をあげた。 「ありあ?」 「あはは。気になさらないでください。あの冒険で侍女仲間といっそう絆が深くなりましたから。それでみんなと飲みながら決めたのですけどね、私はセレニア様以外の姫様に仕える気はないですから、領地に行くときはみんなでついて行こうって。お給料はお小遣い程度で良いですよ」  嬉しいけれど、諸手を上げて喜べないのはなぜだろう。  それでもって、冒険って何? 何をしたの? 「あとそれから、うちは出産を控えた姉が突然戻って来ましたでしょう。それで親族大集合しちゃって大混乱中ですからね。私が家にいて良かったと両親は大喜びですよ」 「そう、それなら良かったわ」 「うふふ。お義兄様、という、おもちゃで遊ぶのって楽しいですし」  白鳩子爵家の領地にイーオスの実家があるのだ。  彼が白鳩家の幼い長男に家庭教師をしていたことが、エーデンとのなれそめとなる。ならばアリアだってイーオスの人となりをよく知っているのだ。  憧れの近所のお兄さんが本当のお兄さんになったから嬉しい、と言う気持ちをアリアは冗談めかして言っているのよね?  本気でイーオスを玩具にして虐めていないわよね? 「だけど、昔のお義兄様はもう少ししゃんとしてた気がするわ。お姉様は恋愛は駆け引きなどではなく、狩りそのものだったと豪語してらしたの。狩られちゃったからお義兄様は腑抜けちゃったのかしら」 「ひどい。腑抜けた、だなんて」  私はひらひらとスーツの裾を閃かして貴婦人達という花を交わすバルドゥクを見つめ、私もバルドゥクを狩る時が来るのだろうか、なんて思った。 「でも、腑抜けてて嬉しいって気持ちも大きいの。素敵な男性に何でも言う事を聞いて貰えるって、とっても楽しくて嬉しいのよ。お兄様は妹の言うことは何でも聞いてくれるって、女学校で聞いていた通りだわ」  白鳩家において針のムシロではないようだが、快活なエーデン五姉妹には格好の獲物状態のイーオスの姿を知って、わたしは彼に同情を寄せた。 「ほどほどにしてあげてね」 「あら、姫様もバルドゥク様を玩具にしているでは無いですか。ほら、犬のように姫様の命令を待っていますよ。ボールでも投げてあげます?」  アリアの言葉に我が夫を見返せば、発泡酒のグラスを両手に持った姿で彼は所在無げに私達をじっと見つめていた。  アリアの好ましい笑い声が弾けたのは言うまでも無い。 「あなた、ええと、ダリウス。こちらにいらして、一緒にお話をして下さいな」  バルドゥクはなぜか少々むっとした顔を見せ、しかし、子犬のように素直に私の隣にやって来た。 「どうかされまして、ダリウス様」 「何がです」 「なんだかむっとされた顔をしていましたよ。ほら、今だって。目元がぴくっとしました」  彼は口元を抑えるや、私から顔を背けた。  真っ赤になって恥ずかしそうで、その表情が可愛いと思ってしまった。  一瞬だけ。  なぜならば、彼の表情が一瞬で恐ろしい無表情に変わったからだ。 「なにか?」 「何でも無いです、いえ、あぁ、本当に何でもないです。私は下がった方が良いですね」 「何をおっしゃるの」 「緑ケ原伯爵がこちらにいらっしゃいますよ」 「それなら尚の事ここにいらして下さい。紹介したいもの、あなたを」  そう言って彼が見ている方向を見たのだが、緑ケ原伯爵などどこにもいない。 「どこにいらっしゃるというのです。大体あなた、いつ緑ケ原伯爵にお会いになったの?」  私がバルドゥクを見返すと、彼はバツの悪そうな顔で私を見返してきていた。 「それは、いいじゃないですか。それよりも人込みでわかりませんか、ほら、そこに」  バルドゥクは見目麗しい男性をそっと指さした。 「あら」
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