あ、

1/1
前へ
/32ページ
次へ

あ、

 セレニアの言葉で会場はがらんどうとなり、俺はこれから始まるであろう俺への終了の鐘を受け入れようと覚悟を決めた。  セレニアは王女として、恐らくどころか確実に最上だ。  平民どころかこんな農奴あがりの俺という男の妻に、彼女は堕とされるべき存在では無いのだ。  歴史ある伯爵家の当主との結婚であれば、野犬の嫁だと、身を落としたなどと、彼女が陰口を叩かれることなどないだろう。伯爵夫人となった彼女はきっと社交界で燦然と輝き、王宮とのつながりだって持ったままでいられるはずなのだ。  俺は身を引くための理由を自分に言い聞かせたが、俺が一番認めたくない理由は勝手に目の前で展開していた。  俺以外の人をセレニアが愛していた、その事実だ。  セレニアは目を輝かせて緑ケ原伯爵を一心に見つめ、緑ケ原伯爵は男の俺から見ても神々しいまでの魅力をセレニアにむけている。  彼らは心の底から結ばれていたのだという、俺が死んでしまう真実がこれから俺に突きつけられるのだ。 「アレン。会えて嬉しいわ。あなたには紹介したかったの。バルドゥク、さぁこちらにいらっしゃって。あなた方はきっと仲良くなれると思うわ」 「あぁ、彼の事は良く知っているよ。もう仲良しさんだ」 「あら、そうね。仲良く登場されたのだものね。庭でいろいろとお互いの事をお話をされていたの?」 「いやいや、ず~と前から知っているよ。なんたって僕の大事な弟が心酔して、従僕になってしまったほどのお人だからね」 「え?」  俺から変な声が出たのは仕方が無いだろう。  セレニアだって目を丸くしている情報なのだ。 「おい、お前の弟って」 「勿論、キリアム君だよ。彼は僕の大事な野苺子爵様だ!」 「ええ! あいつが、子爵?」  俺は緑ケ原伯爵の言葉の方が衝撃で、セレニアが俺を名前で呼びかけてくれた事に迎賓館に戻るまで気付いていなかった。  俺はせっかくの機会だったのに、夫として彼女の横にも立つこともしていなかったのだ。  それに気が付いたのは、パーティはお開きだと、ぽいっと王宮から放り出されたその途端。せっかくのセレニアとは離れ離れなそこで、だ。  畜生、あの素っ頓狂な伯爵め。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加