私とバルドゥクが結婚することになった理由

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私とバルドゥクが結婚することになった理由

 軍功を上げ続けたバルドゥクが国の英雄であるのは真実であるが、爵位が無いどころか平民出の彼の出自では王族と結婚など絶対に望めない。  それなのに、私という残念姫との婚姻が決まったのは、実は我が国の事情が大いに関係している。  我が国の軍部の出世のシステムは、階級は金で売り買いするものという、とても腐ったものである。ちなみに、爵位のある貴族階級の持ち物となる佐官以上の階級は、とってもとっても値段が高い。  そんなシステムでは上層部は剣も握ったことない上級貴族の子弟が占める事になり、結果、軍隊で指揮をとる人間が用兵も知らない間抜けだけとなる。  それでも軍隊として成り立っているのは、そんな間抜けの副官になった下士官や実際に前線に立つ一般兵が、死に物狂いで生き残るために頑張るからだ。  しかしながらそんなシステムでは、平民がいくら軍功を上げても出世など出来ない。軍功を上げて報奨金を手にしたところで、貴族の子弟が自分の持つ階級を平民などには売ってくれないのだ。  そこでバルドゥクだ。  用兵を知らない上司の下で生き延びただけでなく軍功を上げ、さらに、平民だった彼には手に入らないはずの、少佐と言う階級まで手に入れている。  国民の夢で憧れの英雄と称賛されるわけなのだ。  けれど彼が国民の人気者であるから王族の姫との婚姻話が出たのではない。  それは、我が父がお触れを出したからだ。 「難攻不落の砦を取り返した将官には、我が国で一番美しい我が娘を与える」  お触れを知った者は、全員が全員、褒美が私の一つ下の妹である美しきセシリアだと考えた。  私の上には四人の美しき姫達がいるが、美しい彼女達は既に全員既婚者であり、独身の姫は私以下の三人しかいない。  一番下の姫はまだ十歳の子供なのだから、十七歳のセシリアしかいないのだ。  セシリアは蜂蜜色に輝く金色の髪と空を映したような水色の瞳を持つという、誰もが欲しがるだろう絶世の美女でもある。  褒美というものが最上のものでなければならないとすれば、彼女こそ最適なのだ。  さて、父がそんなことをしたのは、王座に就いてから次々と領土を隣国のロンディス共和国に奪われており、巷で彼が失地王と呼ばれていると知ったからだ。自分の父である前王が賢王だったのだ。父にはかなりの衝撃だったと思う。  市井に出向かない王様がどこで自分の悪口を知ったのか?  そんな事はここでは良いだろう。  それよりも、次の言葉を父に夢見がちに語るという、体中が痒くなりそうな難行を私が成し遂げた事こそ称賛して欲しい。 「先々代の時代にカルヴァーン砦を攻略したリカルト将軍は、美しきシエラ姫との結婚を王に許して貰うためだけに死地に向かわれたのよね。あぁ、私が美しいままであれば、私はシエラのように将軍達を砦攻略へ駆り立てられたものを。あぁごめんなさい。お父様」  なぜ私がここまでして父親にくだらないお触れを出させたのかというと、奪われたカルヴァーン砦において、日々、若き青年達が無駄な死を強要されていると聞いたからだ。  情報源は私の元侍女で親友。  彼女の夫が現役の軍人ならば、彼女の嘆きの手紙は彼女の大事な夫の嘆きである。つまり、無為に殺される人達への嘆きなのだ。    どうしてそんな残虐行為が行われているのか。  素晴らしき無能の将官達が、本気で無能で恥知らずだったからだ。  カルヴァーン砦を奪取された事に対して、彼らは対面を保たねばと戦場に立つどころか浅知恵だけ回したらしい。彼らは善処しているという報告書の為だけに、時々一個小隊を無策に砦に向かわせて、カルヴァーン砦の砲台の的にしているというのだ。  そんな愚行を知った私は思った。  ここは、将官自ら戦地に赴いていただき、彼等こそが砲弾の的になって貰うのはどうだろうか、と。  父を唆した時点で私は確信はしていたが、結果は誰一人として砦奪還に名乗りを上げなかった。  当たり前だろう。  父のお触れで姫の婿になると名乗りを上げれば、リカルトのように自らが砦に向かわねばならないのだ。  ただし、私の本当の狙いは別であった。  今回のお触れがあった以上、小隊を砦の攻略への向かわせた時点でその者が名乗りを上げたと同然となり、失敗すれば責任も負わねばならないのだ。  それどころか、何故お前こそが死んでいない? と責められる。  私の目論見通り、死体の山を築く行為はピタッと納まり、私も親友も親友の夫も心の平安が訪れた。失地王以外。  気持が納まらない彼は、弱虫はいらないと、無能な将官達を総辞職させたのである。  まぁ、これに関しては結果オーライだ。  上が空けば下が昇れる。  佐官以上の特別特進だってありえるのだ。  下級貴族だった人や平民出の人だって。  私は親友から、お陰様で夫が少佐になりましたという、お礼の手紙を受け取っている。  だが、我が父は賢王からほど遠い人だった。  そこで終わってくれれば無駄な戦死の停止と軍部の膿出し成功で終わったものを、父は意固地になったのか、新たなお触れを出してしまったのである。 「砦を攻略する者には姫を与えるが、一人も名乗りがいなければ、朕が全軍を指揮してカルヴァーン砦を攻める」  全軍絶滅コースですね。  バルドゥクはそのお触れによって動いたのだと聞く。  そして私は自分が引き起こしてしまったバルドゥク以下大勢の死に対し、王宮で慄きながら必死に神様に祈っていた。大嵐か天変地異でも起きて、バルドゥク達が砲台の餌食から免れますように、と。  すると、なんと、私の祈り通りの報が王宮に届いたのである。  砦を囲む山々が崩壊し、砦が埋まった。  バルドゥクも彼が率いた兵も全員無傷である。  だがしかし、その報にこそ私は脅えた。  だって、それを成したのが、天変地異どころかバルドゥクなのだ。  彼こそ英雄の名にふさわしい。  このような素晴らしき男、あとは美しき姫を手に入れて幸せになればよい。  ところが、王が捧げた結婚相手は、誰も欲しがらない私、だった。  これは、自分には一生手に入れられない国民からの賞賛や一身に受けるバルドゥクへの父の嫉妬か、あるいは、愛娘(セシリア)を渡したくなくなった父の最後のあがきなのだろうか。  あぁ、どうしよう。  私は期せずして一人の男を不幸にしてしまったかもしれない。  でも、それでも、私の口元が嬉しいと弛んでしまうのは、私こそ英雄バルドゥクの妻になりたいと望んでいるから。  だって、親友の手紙にはバルドゥクへの賞賛がたくさん綴られていた。  賞賛? これは駄目出しよね? という描写だってあった。  彼女の手紙で知るバルドゥクは、素朴でも魅力的な男性にしか思えなかったから、私は本物の彼に会ってみたいのだ。
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