一番乗りは私です

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一番乗りは私です

 私の控室に花嫁の格好で乗り込んで来たセシリアは、自分こそがバルドゥクの花嫁になると騒ぎ立てる。 「何であなたを選ぶのよ! 片足は偽物で、顔だって痣まみれじゃないの。私の方が美しくて、健康で、それなのに、どうしてあの男が姉さまを名指ししたのよ!」 「名指し? 父さまがあなたを手渡すのが惜しくて私、では無かったの?」 「違うわよ! 私はその場にいたのよ! あの男はね、父さまに跪いて、姉さまが欲しいと言ったのよ。着飾って微笑んでいた私では無くてね。セレニア様を頂きに参りましたと、そこにいる誰もが聞き逃さないくらいはっきりと言ったのよ」  私は押し付けられた姫ではなく、最初からバルドゥクに欲しいと選ばれたのかと、それだけで今日死んでもかまわない程の幸福感が沸き上がっていた。  いや、死んでは駄目だ。  私は彼に何も返していない。  一目会った時からあなたに惹かれているのだと、私は彼に告白しなければいけない。 「あんな下男に侮辱された私の気持ちはわかる? わかるわよね。あれは全部姉さまが私に仕組んだ嫌がらせだったのだものね」 「どうやって会った事も無い男とそんなことが出来るのよ。あなたこそ馬鹿にした目で彼を見下していたのではなくて。そんな人を伴侶に選ぶ男性などどこにもいないでしょう」  言い返して、私は油に火を注いでしまったと後悔した。  彼女は事あるごとに、私が怪我をしなければ、という台詞を聞かされているのである。己を否定されているような言葉を幼いころから受けていたならば、あなたを選ぶ人はいないは彼女には酷すぎる物言いだ。 「ちょっと言い過ぎた――」 「うわああ」  遅かった。 「なんで姉さまばかり! 昨夜のパーティだって、あんな、あんなにも、姉さまばかり素敵な男性に囲まれて。どうしてなの!」 「一応は私が主役だったからじゃないの?」 「私が主役でもあの人達に囲まれた事なんてないわ!」 「私を囲んでいたあの人達は、他国のスパイと変人伯爵だったじゃないの」 「紺色のドレススーツのあの方は! あの素晴らしい方は!」  それこそ私の夫で、あなたは私の夫に会った事があったのではないかと問い詰めたくなった所で、エバンズの存在を忘れていたことに気が付いた。 「あなたは私の控室で何をなさっているの。ここは男子禁制です」 「私はあなたをずっとお慕い申し上げていたのですよ。あんな野犬のような男に初物を与えるなんてもったいない」 「はい?」  何を言っているのかと驚く私の目の前で、エバンズはなんと自分の服をはだけさせ、なんと私の方へと一歩一歩近づいてくるでは無いか。 「姉さま。エバンズとの結婚おめでとう。私が今日からセレニアとなって、あの男と結婚することにするわ」  セシリアに横から両腕を掴まれ、私は立ち上がるどころか椅子から逃げ出す事が出来なくなった。  エバンスの下卑た表情とセシリアの情緒不安定。  セシリアはエバンズが私にこれから及ぼそうと考える暴力を、もしかしたら先に受けていたのだろうか。  庭の隅に倒れていた、美しかった少女。  抵抗したからか酷く殴られて、両目の位置が違うぐらいに顔が歪んでいた。  この男は、あんな暴力を我が妹に与えたのか。 「この、慮外もの、恥を知れ!」  怒りに任せて叫んだだけだったが、私はこんなにも大きな声を自分が出せるとは思っていなかったし、その声で妹がへたり込むとは思っていなかった。  いや、左脇にいた妹に大声を出す時に頭突きをしたような気もする。  セシリアが鼻から真っ赤な血を流してすすり泣いている、ということは。  気がするではなく、実際に頭突きを実行していたらしい。  目の前のエバンズだって、私の気迫に恐れを抱いたか、なんと後退ってもいるのだ。  私はセシリアから自由になった手をドレスの隠しポケットに、無い。  いつも作らせる隠しポケットは、シンプルなドレス故に作らせなかったのだった。  私はベールの隠しポケットからキリアムの短刀を取り出そうと、ベールを頭から外した。 「あぁ、なんてことだ。美しい、うつくしい、わたしのもの、私のものだ」  エバンズが気味の悪い声を気味の悪い台詞と一緒に口にした。  ぞわッと来たならば、私は何も考えずに叫ぶだけだ! 「衛兵! えいへい! 慮外ものだ! 裏切り者だ! 早く! 早く!」  大勢の足音が控室へと向かっており、私はこれでエバンズはお終いだと確信した。 「ハハハ。私一人で楽しもうと思ったが、姫様は全員の相手をしなければならなくなりましたねぇ。大声を出されるから」 「え」  扉が開き、衛兵が狭い控室になだれ込んで来たが、にやにや顔の若い男二人と銀髪の無表情の男という王宮の衛兵では無い男達だった。 「あら、まあ」 「私の雇った傭兵ですよ。安心してください。一番乗りは私だから。最初ですからね、優しくしてあげますよ。お姫様」  自分が雇ったという傭兵達の到来に安心したのか、にやにやと笑いながらエバンズは再び私に近づいてきた。 「残念ね。一番乗りは私だと思うわ」  私はドレスの前裾を腿にまで引き上げた。 「観念してその気になったのか」  少々どころかかなりはしたない姿だろうが、私は右足を高く高く持ち上げてみせた。  エバンズは当り前だがスカートの中を覗こうと身を屈め、私はそこで思いっきり右足の踵をエバンズの頭に直撃させた。 「ぎゃあ!」  エバンスの頭は気持がいいくらいにぱっくりと割れた。  エバンズは座り込み、私へと慄いた顔を見せたが、私こそ義足の有効性に吃驚していた。これを改造したらもっといけるかも、と思うくらい。 「こ、こんなことをしても無駄だ! お前を助けるものなど!」 「あなたを助ける者こそいないわ」  私はドレスをたくし上げたまま椅子から立ち上がると、今度はエバンズの顎を右足でしたたかに蹴りつけた。  エバンズはごろっと転がり、私からは一メートルくらいは遠くに行ってくれた。  衛兵姿の男達は一斉にぱちぱちと拍手を私に贈ってくれたが、彼らはそれ以上に動く事はしなかった。それは、彼らを押しのける様にして花婿姿の男がエバンズの前に出てきたからだ。  彼らはその男に花道を譲るつもりだったのだろう。
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