寂しい結婚式

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寂しい結婚式

 コンスタンティス正教国では、国土を豊かにする豊穣神マグダ、全ての癒しとなる治癒神ラグ―、そして、すべての理を司り人間を裁く司法神セーレを三位一体神として崇めている。  さて結婚式に関わる神といえば、司法神セーレだ。  結婚は家と家、人と人の契約そのもの。  司法神セーレに誓うのが一番理にかなっているのだ。  またセーレは約束を破ると罰を与える神でもあるのだから、この神にした誓いは絶対とも考えられてもいる。  つまり、離婚は許さないって事だ。  離婚を望んだ王が正妃を処刑した歴史もわが国にはあり、私が殺されてしまう未来があると思うから私を取り囲む六人の侍女はずっと泣いているのだろうか。 「結婚式よ、泣かないで」 「だって姫様。こんなんですよ、こんなん」  アリアは女学校を出たてだからか、とっても元気でとってもお口が悪い。  けれど今日は他の侍女に叱られないと思えば、プルプルと震えていた一番古参の二ルファがアリアよりも行儀悪く大声を上げたのだ。 「姫様の婚礼の儀だと言うのに、こんな、側用人程度が使う執務室ですよ!!」    私達の婚礼の儀は、先祖代々の礼拝堂でもなく、貴賓室でもなく、王宮の執務室でもなく、王の側近が外国の使者や国の重鎮と会合する執務室が用意されていた。結婚の証人は、式を執り行う祭司様に私の侍女達六名、それに、私の父が不在とのことで、父の従僕の一人であるエバンズである。  私は父の不在に対し、父に何も期待をしていないでしょうと自分を慰めた。  侍女達は私が可哀想だと泣き、そこで私が「なんてことない」と笑みを作ると、さらに大いに泣き出して、それでこんな状態なのだ。  おいおいと侍女達が泣き続ける事で(怒りで時々大声も出しているが)、この状態はお葬式みたいだな、と私は思った。 「ドレスさえもちゃんとしたものを用意させてもらえなかったなんて!!」  いつもは一番大人しいレミアが吼える。  言わないで、私こそドレスに関してはちょっと泣きそうなんだから。  私が身に着けている白いドレスは、式典にて着用するための面白みのないものである。それは仕方が無いことでも、結婚に夢を抱いていた小娘でもある。だから、ドレスが思い通りにならなかったことに関しては悔しいばかり。  昨日の今日でドレスを用意できるはずないというのに、あの失地王(ぼんくら)め。 「姫様はもっと素晴らしい結婚をされるべきでしたのに!!」  激情型のミランダなのに、怒り声どころか絞り出すような悔しそうな声を出した。  自分の主人がこんな状態で、幸せいっぱいと笑える侍女などいないだろう。  忠義心がある人たちなのだから、尚更に。 「あのね、私は意外に嬉しいのよ。ほら、こんな機会が無ければ、私はお城でただ年齢を重ねていただけでしょう? あら、そうしたらあなた方達こそ、そんな私に付き合わなければいけないわね。良かったって笑いましょうよ」 「姫様と一生一緒、それこそ本意ですわ!!」 「姫様がいなくて、何が城勤めですか!!」 「そうです。姫様がいてこそのお城です」  私はこんなにも侍女達に好かれていたのね。  この現実こそ幸せだわ。  でもそのせいで、私こそ涙が零れてしまいそう。 「これをお使いください」  低くて滑らかな素晴らしい声が、私と侍女達の愁嘆場に差し込まれた。  だあれ? と声の方へと顔を向ければ、私の出かかっていた涙など一瞬で乾いてしまう。  胸に輝く勲章が飾られた軍服を着こんだ男性がそこにいる。  ただいるのではない。  私に白いハンカチを差し出している。  彼はとても背が高くて大きな体だけれど、不格好なところなど何もない。  神様を模して造られた石膏像みたいな姿だわ、私はぼんやりと思った。  顔だって、なんて神様みたいに整っているの。  でも彼は神を模した石膏像よりも素敵だ。  日に焼けていても滑らかな肌は、血行が良く健康的で輝いている。黒に近い艶やかな焦げ茶色の髪は、少々癖があってところどころ毛先が跳ねていて、そこが気安い雰囲気で良い。  私を心配そうに見下ろすその瞳は、カラメルシロップみたいで美味しそう。  それにそれに、目の前の彼は、陸兵団のモスグリーンの軍服姿ですわ。  勲章を胸に飾った正装軍服です。  彼こそ、私の結婚相手のバルドゥク様?  この素敵な男性が、バルドゥク様?  それで、ええと、ベールを被った私が涙を零しそうだとよく気が付いたわね。でもせっかくだから、私は彼のハンカチを受け取らねば。  で、ええと。  右手を動かそうとして、自分の右手の指先を頬のあたりに置いていたと気が付いた。  あら、これでは泣いているとしか思わなくて当たり前だわ。  私はくすりと笑い、再び彼を見上げる。  あらあら。なぜか彼は急に、しゅん、となった?  それに私に差し出されていたハンカチを引き上げた。  あ、私が受け取らなかったから!! 「わかっております。あなたが私をお気に召さないのは。あなたを悲しませてまでも、この結婚を成就させるつもりはありません」  え?  恐らく私の結婚相手のバルドゥクらしい男性は、私に結婚を取りやめる宣言をした途端に私から身を翻し、なんと、さっさと執務室を出ていくではないか。  え? 結婚を取りやめたから帰って行ったの? 「だめよ。追いかけて!!」  私は侍女達に命じていた。  彼が私を厭うから結婚を辞退するなら見逃すが、私が嫌そうだからと身を引く人ならば、私こそが逃がしはしない。  だって、親友の手紙通りに優しいに違いない人なのだから!!  手紙ではわからなかったくらいに、私の好みの方だったのだもの!! 「今の彼を連れ戻して!!」
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