私の目の前にはミノムシ型旦那様

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私の目の前にはミノムシ型旦那様

 結婚式が終わるや、バルドゥクは私を抱き上げ、彼が用意していた馬車へと私を放り込んだ。  結婚した途端に男は変わると聞くが、バルドゥクもそうなのかしら。  式前はあんなにも私を気遣う素振りを見せていたのに、式後は私との会話など一切拒否してしまう姿勢だなんて。  私は自分の配偶者となった英雄を睨む。  私に睨まれているなんて、絶対に彼にはわかっていないけれど。  彼は馬車に乗り込み私の向かいに腰かけるや、馬車に備えてあった毛布を頭からかぶり、巨大な茶色の蛹か何かになってしまわれたのである。  いくら疲れていて眠いからって、それは礼儀としてどうかしら?  結婚した男と女の間では、これは当たり前のもの?  そんな風に男性が結婚後に豹変するから、結婚は人生の墓場、なんて言われているんじゃなくて?  私はミノムシとなってしまった夫に見切りをつけると、大きく溜息を吐いて馬車の窓の外を眺める。  ぐんぐんと流れる風景は民家も無く草木もまばらで荒野のようで、まるでこれからの私の人生がこうだと私に思い知らせるかのようである。 「いいえ。私だけの人生では無いわね」  私の呟きは、向かいに座る男に聞こえてしまったようだ。  ゆるゆると少しだけミノムシは脱皮したようで、バルドゥクの気怠そうな瞳は私へと向けられている。  何だろう、嬉しそう?  それに、ベールを脱いだ私の素顔に対し、一切嫌悪も無い表情だわ。  目元だけの表情だけど。  私が彼の目元をずっと見つめていると、毛布の隙間から出ている形の良い右眉がくいっと上がる。  私に続きを話せと言っているの?  単なる呟きだもの。続きなんかないわ。でも、夫婦は会話からだって親友は言うし、と私は互いの共通の話題を考える。  そうだ。  彼の馬車の紋章、あれは王家に返上されていた黒曜烏伯爵のものだわ。 「あなたは伯爵様になられていらっしゃったのね」 「爵位は陛下から君への贈り物だよ」 「あらまあ? 縁起でもない爵位を押し付けられた、ですわよ? 黒曜烏伯爵と言えば、真っ黒なカラスが墓を呼び寄せる呪われた伯爵位だと有名ですわ」 「黒曜烏伯爵家は、あなたの母君の実家でしょうに」  私は彼の笑いを含んだ声にびくりとした。  私は彼の見事な声に震えてしまったのだ。  団長という立場から想像できる通り、低い声は体の大きな男である事を証明しているが、彼の声は音楽のような響きをも持っているのである。 「奥様?」 「え、ええ。そうね。でも、私の母が王の側室に上がった際に、祖父もその伯爵位を押し付けられただけなのよ。たった三年間だけの伯爵様。三年で祖父も叔父も、母も含めて、母方の親族はみんなあの世に行ってしまわれたの。黒曜烏伯爵位は、由緒正しいけれど誰も欲しがらない呪われた爵位、その通りでしたわ。受け継いだ者はことごとく死に絶える。あなたがそんなものを押し付けられただなんて」 「押し付けられたなんて言わずに、奪い取ったと称賛してほしいものです」  得意そうな表情を作って見せた男に、私は少々呆けてしまった。  親友が何度も男は出自では無いと手紙に繰り返し書いてきた理由を、彼に会ったその時に私こそ理解したではないかと自分を叱りつける。  彼を見誤っては駄目。  バルドゥクに下卑た所など一片も無いじゃないの。  それどころか、神の御使いである名前通りに神々しくもあるわ。  服を脱いだ姿を知らないが、きっと、彼の肉体は貴族の家の噴水や図書館に飾られているような男神象のような優美なものに違いないでしょうね。  今のところはミノムシさんでしかないけれど。 「ふふ」 「何かおかしなことでも?」 「あなたは外見通りに素晴らしいのね」 「――私が怖くないですか?」 「え?」  もしかして、私を怖がせないように、その姿だったの? 「全く。あなたの全部を見せてほしいくらいよ」  目元だけの彼だが、真っ赤になってしまったのは分かった。  ぷしゅうと音が出るぐらいに真っ赤になった彼は、私が望んだとおりに全部を見せてくれるのか、毛布からの脱皮の動きを見せる。  いいえ、正面から横向きになっただけ?  彼は横に転がっただけであり、ついでに更なるミノムシ状態という、頭まですっぽりと毛布を被ってしまった。私の言葉に気分を害してしまったのかと彼を見つめる。  あら、ミノムシの殻の中からぶつぶつと己を叱責する小声が聞こえる。  何も考えるな何も考えるな何も考えるな?  私の空耳、じゃないわよね。  何も考えるな? どういう意味?  一体どうしちゃったのかしら。
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