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「これ……卵?」
潔良が尋ねる。
「そう。たまごです」
にこにことして、楚唄が言う。「栄養満点ですよぉ」
「へー。つやつやしてて、美味しそうな卵だなぁ。わりと大っきいし――なんか、高級そうだ。ホントにいいのか? こんなすごそうなの?」
目をキラキラとさせる潔良に、楚唄は力いっぱい頷いた。
「もちろんもちろん! むしろ、氷寄さんに食べてほしいんですよ! なんてったって、こんなにも質のよい――のたまごは、中々手に入りませんからね」
「……え? なんて?」
「だから、――のたまご、ですよぉ。知らないんですか?」
「え……?」
眉根を寄せる潔良を見て、楚唄はぱちぱちと目を瞬いた。「あー……」きょろ、と彼の目が動く。右斜め上の方角を数秒、見つめる。
「……えーっと。にわににわいたにわとりのたまご、って、言いたかったんです。カミカミだったからかな、聞き取れなかったみたいですね」
照れたように苦笑する楚唄。
潔良が、カリカリと頬を掻いた。
「なんだよ……滑舌悪すぎんだろ。何事かと思ったわ」
「いやぁ、すみません! 早口言葉は苦手で……」
両手を合わせて頭を下げ、楚唄が続ける。「それに……」
「それに?」
「……氷寄さんのお部屋に、こんなふうにしているのって、なんだかちょっと――緊張しちゃって」
「お前なぁ、そういう冗談言うなよ。良くないぞ」
口をとんがらせてとがめる潔良。「ふふ。ごめんなさぁい」とおどけてみせ、楚唄はたまごを軽く振った。
「じゃあおわびに、僕がこれで、そうだな……たまごかけごはんでも作りますよ」
「おっ、ありがとう。醤油と白飯くらいなら、さすがにあったはずだぜ」
台所借りますねー、と言葉を残して、楚唄がキッチンに消える。炊飯器のフタを開ける音がして、しゃもじが釜をこそげる音がそれに続く。
けっこうギリギリですけど、一膳ぶんはありますね……こうも材料がなかったら、ふつうにたまごかけご飯くらいしか無理じゃないですか、全くもう――。
そんな楚唄の独り言が聞こえてきて、潔良の目元が少し、ゆるんだ。
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