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「――あっ。……すみませーん、氷寄さーん。醤油、入れすぎちゃいましたぁ」
「あらららー。もうそんままでいいよ、ごはんもう、なくなっちゃったんだろー?」
間延びした声をやまびこのように返すと、急いた感じのする足音がとんとんとんっ、と近づいてきた。ドアの隙間から、楚唄の顔がひょっこりとのぞく。
「まさか……聞こえてたんですかぁ?」
「顔真っ赤だぞ、楚唄」
「うわぁ、恥ずかしい……」
けっこう独り言言っちゃうタイプなんですよね、僕って――ぼそぼそとした呟きとともに、湯気を立てる茶わんが、潔良の前にそろりと置かれた。
「スプーンを持ってきてますよ。箸だと、さすがに食べれないですよね」
「おー、細やかな気遣い。ありがとうな。……うわ確かに、めっちゃ黒いな」
卵の黄色が二割、醤油の黒色が八割、くらいの色合いだった。手渡されたちいさめのスプーンですくってみると、とろりとした光沢に食欲が刺激される。
「うまそー! いっただきまーす……ん! この色のわりには、そんなにびちゃびちゃでもないし、塩辛くもないな。ちょうどいい。めっちゃおいしいぞ、これ!」
よっぽど空腹だったのか、がつがつとすごい速度で手を動かし、出されたたまごかけごはんを平らげてしまう。
その様子を楚唄は、嬉しそうに微笑みながら眺めている。
「ごちそうさまでした!」
ベッド横の小机の上に、食べ終わった茶わんがおかれる。触れ合った食器と匙とが、わずかに涼しい音を立てた。
はつらつとした笑顔で、潔良が楚唄に笑いかけた。
「ふう……。いや、おいしかったぁ! また食べたいわ」
「気に入ってもらえたみたいで、何よりですよ。あ。……そんなに喜んでもらえたなら、次もまた作りましょうか?」
提案に、目覚めたときはまるで生気のなかった目が輝く。
「いいのか⁉ ありがと! 楽しみにしてるな!」
「ええ。食べたくなったら、いつでも――呼んでくださいね?」
楚唄が、軽くなった茶碗を手に取り、にっこりと微笑む。その手の中で、碗の底に残った黒い雫が、ほんのかすかに、――揺らいだ。
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