四章 箱庭

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四章 箱庭

 護は一度つぼみの部屋から離れることにした。このまま部屋の前に立っていたら、聞き耳を立ててしまう。それ以上に今は離れたい、という気持ちが勝ってしまった。薄情な兄だ、と頭を掻き廊下を戻っていった。  しばらくして、もう一度つぼみの部屋の前へと立つ。 「大丈夫か? つぼみ」  護はノックして声をかける。返事がなく、試しにドアノブを回すと、いとも簡単に開いた。  入るぞ。護が部屋を覗くと、つぼみの姿はなかった。目に付いたのは、棚に並んでいるファッション雑誌や壁に貼られている男性アイドルのポスターだった。 「最近の流行、なのか?」  豪奢な屋敷内にあるとは思えないほど、俗物で囲まれている部屋に護は足を踏み入れる。それだけ、つぼみが他の女子高生たちに憧れを抱いていたのは、彼自身も分かっていた。  彼女は屋敷の端にある塔の一室に半ば閉じ込められていた。  ふと護がつぼみの部屋にある窓を見れば、少し開いていた。窓を開け、下を見れば壁に階段になるよう、凹凸がある。そして、真下には中庭がありつぼみが花壇の花を見つめていた。護もその壁を伝って降りていく。 「やっぱりそこか。子どもじゃないというなら、妙なところから降りるのはやめた方がいいんじゃないか」  彼が声をかけると、つぼみは振り返った。年頃の少女が黙って閉じ込められているわけがなかった。それを護も理解していた。 「だって、お兄ちゃん以外の人に見られたらお父さんに告げ口されるんだもん」  そう話す彼女に泣いている様子はない。 「それは……」  つぼみを心配してるから。出そうになった言葉を護はぐっと飲み込む。今の彼女に言っても、余計なお世話と言われるのは目に見えていた。 「みんなに屋敷がすごいって言われるけど、私自身は閉じ込められているようなものだし、味方もお兄ちゃんしかいない」  一瞬つぼみが護の方を見たかと思えば、再び花を見つめた。彼女が触れているのは白い薔薇だった。ここは、かつて護の母が庭の手入れをしており、今は護たちが面倒を見ていた。 「私と薔薇って似ている気がする」  突然つぼみが口を開く。 「なんだよ、急に」 「だって、薔薇は手をかけてあげないと生きていけないんでしょ。私もそういう存在になっちゃうのかなって」  彼女はそっと白い薔薇の花弁を撫でた。その姿は、どこかの国のお姫様のようだった。だが、つぼみが求めているのは周りの子と同じような普通の女の子である。 「そんなことない。父さんを心配させなきゃいいんだろ」  そのための俺なんだし。護が言えば、つぼみが振り向いた。その瞳は再び青く潤む。 「私のためにお兄ちゃんが犠牲にならなくていいのに。そのために学校も行かなかったんでしょ」  彼女の問いに護が頷く。 「でも、俺がそう決めたんだから、つぼみは罪悪感を感じる必要はない」  護はつぼみの側に立つように花壇の前に並んだ。近寄れば、薔薇の甘い香りが包み込む。ふと、つぼみと同じように彼が白い薔薇の花弁に触れようとした瞬間、指に痛みが走り思わず手を引く。  見れば、指先が切れ血が滲んでいた。同じように触れるつぼみは、ケガしている様子はない。 「ケガしたの、大丈夫?」 「これくらいの傷なら、たいしたことない。あとで治療しておく」  護は咄嗟に手を隠した。その手は無意識に拳を握り、痛みが増す。それと同時に服に隠れて見えない傷も疼いた。
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