2人が本棚に入れています
本棚に追加
買い物競争で溶かして
「ごぶさたでーす、おばさん! 今日はせっかくだから、この子たちに何か買ってあげようかと思って」
「あら、ハミルにも買ってくれるの?ありがたいわねぇ。2人とも、お礼を言いなさい」
2人は、互いの顔が見えないようにして「ありがと」とミリキアに言った。声のトーンは、あまり高かったとは言えない。
「えへへ、どういたしまして! さーて、ジャンジャン買っちゃうぞー!!」
ミリキアは店頭に戻り、古びた鉄製の買い物カゴを2つ手にとってきた。
「さ、どっちがカゴいっぱいまで買えるかな?」
男の子は困惑していたが、ハミルはすぐに目の前にあったチョコバーをカゴの中に詰め込みはじめた。
「な……おい! 負けないからな!」
ハミルがカゴの3分の1ほどまでチョコバーを入れたのを機に、男の子もすぐ隣の個包装されたガムを、掃除機のようにカゴの中へ吸い取っていった。
しかし個包装のガムは体積が小さく、ハミルのチョコバーほど数を揃えてもカゴはちっとも埋まらない。
負けたくない男の子は、もっと大きな板チョコをカゴに詰め込みはじめた。それからクッキーの箱やポテトチップスなど、とにかくかさばるものに手を出した。
ハミルも躍起になって店内中を漁った。どこに何が置いてあるのかは理解しているし、何よりこういう勝負の場ではテンションが上がる。クールケースの中のアイスやビッグサイズの和菓子を狙って、ただひたすらにカゴを埋めた。
そして2人は、同時にカゴを女店主のいるカウンターに差し出した。
「まあ、あんたたち……ミリキアちゃんが変なことを言い出したと思ったら」
女店主は呆れながらも、
「よく頑張ったわね」
と2人の頭をなでた。くすぐったがるうちに、男の子がハミルのほうを向いた。しかし、目が合うことはなかった。
「じゃあ、お会計ね。ミリキアちゃんがお金出すの?」
「そうだよー!」
女店主はカゴいっぱいに入った商品を、一つずつスキャンしていく。
「はぁ……なんだか、ため息が出るわ。この量は」
彼女は愚痴をこぼしながら、2人の労をねぎらうように笑った。
これを見たシルダは、ついに感情を解き放った。大変そうな母を手伝わずにはいられなくなったのだ。
「お母さん。袋詰め、手伝うわ」
シルダはレジに立つ子どもたちの脇を通り抜けて、母の隣で大きめのビニール袋を広げた。
「あら、シルダもいたのね。助かるわ……」
母が笑った。ふわりと膨らんだ袋のように、柔和な顔だった。
これをきっかけに、母のバーコードを通す手が、迷いのない、自然な速さの動作をするようになった。
シルダは、少しだけ心のゆとりを取り戻せた気がした。
数十分後、親子はすべての商品を処理することができた。会計金額は、4500円にものぼった。
「お会計は、ミリキアちゃんがするのよね?」
女店主が問いかけると、ミリキアは急に口をつぐんだ。
「うん……」
ミリキアはポケットから財布を取り出したが、中には千円札が3枚しか入っていなかった。
「こんなに高くなるなんて、思ってなかったぁ〜!!」
ミリキアは取り出した千円札を握りしめたまま、両脇の子どものように喚いた。
「あんたが『この子たちに買ってあげる』って言ったんでしょうが!」
「でもでも、どっちが早くカゴいっぱいにするかの勝負なんて、想定してなかったもん!」
「それもあんたが言いだしたんでしょ!」
行動力の割には向こう見ずで、何か問題が生じた際の対処法など持ち合わせていない。女店主は、そんなミリキアの性格をよく理解して、受け入れている。
しかし、お金が絡むと話は別である。自分の店の経営問題にも関わるし、そもそも大量に商品を持ってきて、会計をすべてキャンセルするという行為は、迷惑というほかない。
女店主は、すっかり困り果てた。
すると、シルダが膠着したままのレジ前へとやってきて、ミリキアの肩を叩いた。
「私が払ってあげるわ」
「え?」
お礼を言う間も与えず、シルダは5000円札を母親に差し出した。
「あら、あんた随分気前がいいじゃない」
女店主はすっかり機嫌を直して、500円玉をシルダに手渡した。
すると、
「お母さん、全部100玉にしてもらえる?」
と注文が返ってきた。
「あら? まあ、別にいいけど」
母親はキョトンとしながらも、娘に100玉5枚を手渡した。
そしてシルダは、1枚を自分の財布に入れると、残った4枚を、それぞれ2人の子どもたちに分け与えた。
「シルダお姉ちゃん、くれるの?」
「ええ。お小遣いよ」
「……あねき」
ハミルが受け取った小銭は、少し温かかった。姉が自分の財布に1枚をしまう最中も、手のひらの中で握りしめていたのだ。
この温もりは、自分のモヤモヤを解消してくれる気がした。
そう思った瞬間、ハミルは無意識のうちに男の子の元へ駆け寄った。
「……ごめん」
ハミルは、男の子の手を握った。姉からもらった温もりが、その手をつたって男の子にも広がった。
「……オレのほうこそ、ごめん。いじっぱりになりすぎたかも」
ハミルは無表情のままだったが、モヤモヤした気持ちが消えていく中で、彼女は1粒だけ涙をこぼした。
最初のコメントを投稿しよう!