買い物競争で溶かして

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買い物競争で溶かして

「ごぶさたでーす、おばさん! 今日はせっかくだから、この子たちに何か買ってあげようかと思って」 「あら、ハミルにも買ってくれるの?ありがたいわねぇ。2人とも、お礼を言いなさい」  2人は、互いの顔が見えないようにして「ありがと」とミリキアに言った。声のトーンは、あまり高かったとは言えない。 「えへへ、どういたしまして! さーて、ジャンジャン買っちゃうぞー!!」  ミリキアは店頭に戻り、古びた鉄製の買い物カゴを2つ手にとってきた。 「さ、どっちがカゴいっぱいまで買えるかな?」  男の子は困惑していたが、ハミルはすぐに目の前にあったチョコバーをカゴの中に詰め込みはじめた。 「な……おい! 負けないからな!」  ハミルがカゴの3分の1ほどまでチョコバーを入れたのを機に、男の子もすぐ隣の個包装されたガムを、掃除機のようにカゴの中へ吸い取っていった。  しかし個包装のガムは体積が小さく、ハミルのチョコバーほど数を揃えてもカゴはちっとも埋まらない。  負けたくない男の子は、もっと大きな板チョコをカゴに詰め込みはじめた。それからクッキーの箱やポテトチップスなど、とにかくかさばるものに手を出した。  ハミルも躍起になって店内中を漁った。どこに何が置いてあるのかは理解しているし、何よりこういう勝負の場ではテンションが上がる。クールケースの中のアイスやビッグサイズの和菓子を狙って、ただひたすらにカゴを埋めた。  そして2人は、同時にカゴを女店主のいるカウンターに差し出した。 「まあ、あんたたち……ミリキアちゃんが変なことを言い出したと思ったら」  女店主は呆れながらも、 「よく頑張ったわね」  と2人の頭をなでた。くすぐったがるうちに、男の子がハミルのほうを向いた。しかし、目が合うことはなかった。 「じゃあ、お会計ね。ミリキアちゃんがお金出すの?」 「そうだよー!」  女店主はカゴいっぱいに入った商品を、一つずつスキャンしていく。 「はぁ……なんだか、ため息が出るわ。この量は」  彼女は愚痴をこぼしながら、2人の労をねぎらうように笑った。  これを見たシルダは、ついに感情を解き放った。大変そうな母を手伝わずにはいられなくなったのだ。 「お母さん。袋詰め、手伝うわ」  シルダはレジに立つ子どもたちの脇を通り抜けて、母の隣で大きめのビニール袋を広げた。 「あら、シルダもいたのね。助かるわ……」  母が笑った。ふわりと膨らんだ袋のように、柔和な顔だった。  これをきっかけに、母のバーコードを通す手が、迷いのない、自然な速さの動作をするようになった。  シルダは、少しだけ心のゆとりを取り戻せた気がした。  数十分後、親子はすべての商品を処理することができた。会計金額は、4500円にものぼった。 「お会計は、ミリキアちゃんがするのよね?」  女店主が問いかけると、ミリキアは急に口をつぐんだ。 「うん……」  ミリキアはポケットから財布を取り出したが、中には千円札が3枚しか入っていなかった。 「こんなに高くなるなんて、思ってなかったぁ〜!!」  ミリキアは取り出した千円札を握りしめたまま、両脇の子どものように喚いた。 「あんたが『この子たちに買ってあげる』って言ったんでしょうが!」 「でもでも、どっちが早くカゴいっぱいにするかの勝負なんて、想定してなかったもん!」 「それもあんたが言いだしたんでしょ!」  行動力の割には向こう見ずで、何か問題が生じた際の対処法など持ち合わせていない。女店主は、そんなミリキアの性格をよく理解して、受け入れている。  しかし、お金が絡むと話は別である。自分の店の経営問題にも関わるし、そもそも大量に商品を持ってきて、会計をすべてキャンセルするという行為は、迷惑というほかない。  女店主は、すっかり困り果てた。  すると、シルダが膠着したままのレジ前へとやってきて、ミリキアの肩を叩いた。 「私が払ってあげるわ」 「え?」  お礼を言う間も与えず、シルダは5000円札を母親に差し出した。 「あら、あんた随分気前がいいじゃない」  女店主はすっかり機嫌を直して、500円玉をシルダに手渡した。  すると、 「お母さん、全部100玉にしてもらえる?」  と注文が返ってきた。 「あら? まあ、別にいいけど」  母親はキョトンとしながらも、娘に100玉5枚を手渡した。  そしてシルダは、1枚を自分の財布に入れると、残った4枚を、それぞれ2人の子どもたちに分け与えた。 「シルダお姉ちゃん、くれるの?」 「ええ。お小遣いよ」 「……あねき」  ハミルが受け取った小銭は、少し温かかった。姉が自分の財布に1枚をしまう最中も、手のひらの中で握りしめていたのだ。  この温もりは、自分のモヤモヤを解消してくれる気がした。  そう思った瞬間、ハミルは無意識のうちに男の子の元へ駆け寄った。 「……ごめん」  ハミルは、男の子の手を握った。姉からもらった温もりが、その手をつたって男の子にも広がった。 「……オレのほうこそ、ごめん。いじっぱりになりすぎたかも」  ハミルは無表情のままだったが、モヤモヤした気持ちが消えていく中で、彼女は1粒だけ涙をこぼした。
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