第一章

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   入学初日から悪目立ちして、厄介な相手からマークされるのだけは避けたい。  何より、俺と一緒にいることで乃々にまで悪い影響が及ぶのは嫌だった。 「ほら、もう行くぞ。確かクラス発表は正面玄関の辺りだって言ってたな」 「ねえ、八尋くん」  そそくさと歩を進めようとする俺を、乃々の声が引き留める。 「やっぱりまだ、幻聴(ノイズ)が聞こえるんだね?」  そう尋ねてくる乃々の顔には、どこか寂しげな微笑が浮かんでいた。  彼女は俺の症状を理解している。  人の心の声が聞こえるという幻覚症状。  実際には誰も何も言っていないのに、あちこちから罵詈雑言が飛んでくる心理的錯覚。  俺はあえて『ノイズ』と呼んでいるが、一般的には『幻聴(げんちょう)』や『被害妄想』と呼ばれる精神疾患の類だ。  数年前に初めて発症したときは、俺はそれが幻覚であることに気づけなかった。  誰もが本当に誰かの悪口を言っていて、時には俺を非難しているようにも思えて、周囲の人間すべてが怖くなった。  そうして一時的に精神を病み、不登校になってやっと、親が連れていってくれたメンタルクリニックで自分の症状を理解したのだ。  
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