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いくら恋列車が暴走しても、辿り着くのが再び失恋という崖ならば、無理にでも止めるしかない。湊はそう思い、勧誘で賑わうサークル棟の方へと歩いていた。ノー井波ノーライフだった三年間は、卒業式に捨てたのだ。これからは大学で新しい何かを始めて、新しい恋もすると決めた。
「俺高校の頃からバスケやってたから、バスケサークル入るけど、野島は?」
新入生説明会でたまたま隣になった同級生の水野とサークル棟を歩いていた湊は、その言葉に、えっと、と言葉を詰まらせた。
せっかく大学に入ったのだから大学特有のサークルに入ってみるのも悪くないと考えた。新しいことを始め、新しい友達を作り、あわよくば新しい――今度は成就するような恋をしようと、湊は決意を新たに、サークル棟内を歩いていたのだが、そう言われると何か趣味があるわけでもない。
「特にこれといって趣味もないんだよね……おれもバスケ始めてみようかな。小さくても出来る?」
自慢じゃないが、湊は身長が低い方だ。体も華奢なのでスポーツはほとんど門前払いされてしまっていた過去がある。
「おー、出来る出来る。ここもガチの部活とゆるめのサークルあるみたいだから、緩い方入ってみれば?」
俺はガチの方入ろうと思うけど、と水野に言われ、湊は、そっか、と小さく笑った。どうせ入るなら知り合いがいたほうがいいと思って言った言葉だったが、一緒に入るわけではないのなら別にバスケットボールじゃなくてもいい。
「だったら、おれ、もう少し見てから決めるよ」
「そうか? じゃあ、今日はここで。また明日な」
笑顔を向けてこちらに手を上げる水野に湊は同じように笑って見送ってから小さく息を吐いた。自分も今日は一度帰って、改めてサークルを調べてから来よう――そう思った時だった。ねえ、と肩に手を掛けられ、湊は驚きながら振り返る。
「サークル決まった?」
突然茶髪の男に馴れ馴れしく聞かれ、湊は怪訝な表情のまま首を傾げ、男を見上げた。
「サークルは入っておくべきだよ。せっかく大学生になったんだから」
「……それで、なんのサークルですか?」
悪徳商法のような口ぶりに怪しさを感じた湊が訝しんで聞くと、男はにっこりと笑った。
「イベントサークル。飲み会、パーティー、スポーツ大会、なんでもやるよ。たくさんの人に出会えるし、毎回強制参加じゃないし、それに」
男はそこで言葉を切るとそっと湊に近づいた。
「彼女だってすぐ出来る」
そんな風に耳元で言われ、湊はもう一度男を見上げる。
「それってヤバいやつじゃないんですか?」
活動というよりは遊び相手を探すようなサークルがあるというのは田舎者の湊でも知っている。もちろん健全なサークルが多いし、そんなのはきっとごく一部なのだと分かっているが、『彼女がすぐできる』なんて言われたら疑わざるを得ないだろう。
田舎者だからとすぐに騙せるわけではないと気を張っている今の湊には特に怪しく思えていた。
「出会い系とかじゃないよ。特にこれといって趣味も特技もない奴らが集まって色んなことしてるだけ。それぞれ好きなこと見つかったらそっちのサークル入ったりしてるんだよ」
湊も特にのめり込むような趣味もないし、人に自慢できる特技もない。そんな人が集まっていると言われたら、なんとなく飛び込んでもいいのかもしれないと思った。
きっと今の湊に必要なのは、井波のいない新しい世界のはずだ。
目の前にいるこの先輩も今までに知り合ったこともないタイプの人だった。こういう人たちの中に入ったら色々刺激になるだろうか。彼女なんて自分の性癖からいえば、絶対に出来ないのだが、それだけの出会いがあるのなら新しい恋も見つかるだろうか。そう思い、湊は体の横でぐっと拳を握るとゆっくりと口を開いた。
「おれみたいな地味な田舎者でも入れますか?」
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