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水野も居るとはいえ、自分の部屋に聡祐以外の誰かを呼ぶのはなんだか気乗りしない。
「……アパートの壁、決して厚くはないしなあ……」
聡祐の夕飯を作らずに神崎と水野に食べさせている、それが聡祐に筒抜けになるのはなんだか心苦しい。じゃあ俺も一緒に食べる、と言ってくれればいいが、聡祐はきっと遠慮してしまうだろう。
一日くらい気にしないとは思うが、どうしても湊は気にしてしまう。
「あいつ、新しい男に乗り換えたか、とか思われたら死ねる」
ああー、そんなのやだー、と道の真ん中で頭を振ってしまってから、今は公道を歩いているのだった、と我に返る。幸い通行人はいなかったが、かなり怪しい人物になっていたかもしれない。
家に帰り着く前に聡祐に明日のことをメッセージで話そうと思っていたのだが、どう切り出したらよいか分からずに、湊はとうとうアパートまで帰ってきてしまった。
スマホを手に取り、どう言葉にしようか悩みながら階段を上がると、ふと話し声が聞こえ、湊は階段の途中で足を止めた。
「ごめんね、一日中居座っちゃって」
「いや、こっちも話したいことあったし」
女の子の声が聞こえ、続いて聞こえてきたのは聡祐の声だった。
湊の手のひらがじわりと嫌な汗をかく。
「聡祐の方は上手くいくと思うよ。私は……分かんないけど」
「麻衣子の方こそ、大丈夫だって。とりあえず帰って向き合えばいいよ」
お互いに名前で呼び合っているところをみると、先日見た聡祐の彼女で間違いないだろう。何の話をしているのか分からないけれど、今日は一日聡祐の部屋で過ごしていたようだ。湊は家に一日恋人同士が二人で居ると起こりうる下世話な想像をしてしまって、ぎゅっと目をつぶった。
当たり前のことと分かっていても、聡祐の優しい手が他人に触れていると思うのはやっぱり辛い。
「うん、そうする。やっぱり、好き、なんだよね」
「俺もそう思うよ。結局そこかな」
その会話を聞いた途端、湊の心臓がぎゅっと握られた様に痛んだ。
好き、だなんて決定的な言葉を聞いてしまった。
付き合っているのだから当然のことなのに、その言葉を聞いたことがなかったから、なんとなくまだ自分にも少しでも気持ちを傾けてもらえるのでは、なんて甘いことも考えていた。
でも、それは自分の都合のいい妄想でしかなかったのだ。
「じゃあ、私帰るね。また明日、学校で」
彼女の声が響き、靴音が近づく。鉢合わせするのはまずい気がしたので、湊はすぐに階段を降りて、アパートの駐輪場へと逃げ込んだ。しゃがみ込んで様子を見ていると、白いTシャツに黒のパンツを着た女性が去っていく後ろ姿が見えた。以前見た聡祐の彼女で間違いないだろう。
「やっぱりキレイな人……」
自分なんか性別からして太刀打ちできない相手だ。
聡祐のことが好きだからこそ、彼女との仲は割きたくない。だけど、恋を終わらせる手段が湊には分からなかった。
胸の奥深くまで根付いてしまった『聡祐が好き』という気持ちを消してしまうには、少し強引な手段も考えなければいけないのかもしれない。
例えば、無理やりにでも自分のものにしてくれるような人が居れば――湊は手の中のスマホに届いた神崎からのメッセージを見てから唇を噛み締めた。
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