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 その翌日の朝、湊はぼんやりとしながら玄関ドアを開けた。昨夜はなんだか上手く寝付けなくて、家を出るこの時間になってもまだ眠い。というのも、昨日寝る前に神崎から来たメッセージが原因だ。 『もう寝る頃かな? 湊くん抱き枕にして僕も一緒に寝たいな』  そんな言葉をメッセージにしてしまう神崎が恥ずかしいのか、こんなこと言われたこともないせいなのか、なんだか照れてしまって鼓動が早く打ってしまって落ち着かなくて――気付いたら夜が明けていた。  神崎に自分の気持ちが少しでも傾いているならそれはそれでいいことだと思うのだが、こんな経験は初めてなので、その点に関してはよくわからなかった。  こんな風に突然の行動で動揺させられることはあるが、こちらから神崎に会いたいとかメッセージを送りたいとか、そんな気持ちはまだ持てなかった。現に昨夜のメッセージに返信はしていない。  だけど、自分に興味を持ってくれる人なんて、人生のうちに何人いるだろう――そう考えると、神崎を好きになる努力をした方が自分のためにはいいのかもしれない。そう思いながらドアに鍵を掛けると、突然隣のドアが開いた。 「……はよ」  姿を見せた聡祐が、湊に気付き笑顔を見せる。それがすごく自然で、意識しまくりの湊とは全然違って、それがまたカッコよくて、湊は返事に手間どってしまう。 「あ、えっと、お、おはよう!」  その言葉が出たのは聡祐が既に廊下を歩き出した後で、湊の声を聞いた聡祐はそれに一度だけ振り返ったが、すぐに歩き出した。肩が震えていたのは笑ったせいかもしれない。そんな背中も凛としていて、走って飛びつきたいほどカッコいい。神崎を好きになった方がいい――さっきまでそんなことを考えていたのに、その姿を見ただけで心は簡単に聡祐の虜になってしまう。 「……これじゃ諦められないじゃん……」  遠ざかる聡祐の背中を見つめながら、湊は小さく呟いた。    今日は何も用事がないのでまっすぐ帰って部屋の片づけをしようと日が暮れる前に自宅アパートに辿り着いた湊は、階段前に積まれたダンボール箱に首を傾げた。引越しだろうか、と思っていると階段を降りてくる足音が聞こえ湊は顔を上げた。 「おかえり」  目の合った湊に声を掛けたのは聡祐だった。途端に湊の鼓動は速度を速める。 「ただ、いま……これ、井波くん、の?」 「そう。学校の課題」  よいしょ、と箱を持ち上げながら聡祐が答える。それでもまだ一つ、箱が残る。湊は一瞬迷ってから意を決して、あの、と口を開いた。 「おれが触ってもいいなら、これ、運ぼうか?」  湊の言葉に、聡祐は少し険しい顔をした。やっぱり嫌なんだろうか、と思い湊の心臓はぎゅっと縮むように痛む。  この性癖はきっと世間では普通ではなくて、気持ち悪いと感じる人もいる。しかもそれが自分に向かっているとなれば、嫌だなとか怖いなと思うかもしれない。  それは何も悪いことではない。悪いのは、こんな感情を聡祐に向けてしまっている自分だ。 「ご、ごめん! やっぱり嫌だよね、おれなんかに触られたら……」  ごめんね、と湊が聡祐の脇をすり抜け階段を上がろうとすると、待てって、と聡祐の腕が湊の手首を捕らえた。その手からダンボール箱が転がり落ちる。 「あ、箱! 中身大事なんだよね」 湊が手を伸ばすが届くわけなく、そのまま聡祐を見上げた。聡祐の眉が歪んでいるところを見て、湊が視線を逸らす。聡祐から話してくれたからうっかり話してしまったけれど、聡祐は優しいから無視することもできなくて話しかけてくれただけで、本当は話したくないのかもしれない。しかもこんな迷惑をかけてしまった。 そう思うと、心臓が痛くてたまらなかった。今すぐ家に引きこもりたい。 黙ったままでいると、聡祐が小さくため息を吐いた。
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