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「野島って、そうやってじっと見るの、癖?」 「へ? あ、ごめん、癖っていうか……ごめん」  井波くんに見惚れてるんです、なんて言えず、湊は自分の手元に視線を落とした。やっぱり男に見つめられてもいい気はしないだろう。  そんなことを思っていると、聡祐の手が伸び、湊の顎先をぐっと掴んで、その顔を上げさせた。 「癖かって聞いただけだろ。謝ることない」 「あ、でも、嫌だったら……」  強制的に視線を合わせられた先の聡祐の顔は穏やかだった。どうしよう、この手どうしよう、と顎にかかった冷たい指をちらりと見やる。すると、その視線に気づいた聡祐は、悪い、と言ってすっと手を引いた。 「嫌なら嫌だって言うから。野島も言えよ。俺、どうもこう、口より行動が先に出ちまうから……」 「全然嫌じゃない。びっくりしただけ」  むしろ触ってもらえるのは光栄です、と言いたいのを我慢して湊は笑った。 「そっか、よかった」  聡祐が安心したように笑った、そのすぐ後、湊のポケットから着信音が響いた。湊は、ごめんね、と聡祐に謝ってからスマホを取り出す。画面を見ると神崎からのメッセージだった。ここ数日貰っている他愛もない内容のものだ。友達と食事中だということだけを返して湊はスマホを再びしまい込む。  その様子を見ていた聡祐が少し眉を下げた。 「大事な用とかじゃなかった?」 「あ、うん。大丈夫」  湊が答えると聡祐は、そうだ、と言って自分のスマホをパンツのポケットから取り出した。 「スマホ見て思い出した。俺の番号とか教えるから、野島のも教えて」  その言葉に湊は目を瞠ったままスマホを握り締めた。スマホの番号を教えてもらえるなんて、これは夢かと自問する。そうしている間に聡祐が不思議そうな顔になり、次第に表情は曇り、嫌か、と聞かれて、湊は眩暈がするほど強く頭を振った。 「い、嫌じゃない! 教えて欲しい! 番号もアドレスもアカウントとかも!」  湊が意気込んで答えると、一瞬驚いた顔をした聡祐が声を出して笑った。 「野島って、なんか面白いよな。高校の時から知り合ってればよかったよ」 「あ、そう、かな……?」  ははは、と笑いながら湊は高校の頃は知り合いになるなんてことは出来なかっただろうと思っていた。遠くから覗くだけで心臓が壊れるんじゃないかと思うほどバクバクしていたのに、直接話なんかしてたら確実に倒れていただろう。一度ふられた今だってこんなにときめくのだ。きっと上手く会話することもできなかったはずだ。あの告白だって、死ぬくらいの覚悟はしたのだから。 「うん。きっといい友達になってた」  そんな湊の思いを他所に屈託なく笑う聡祐に、湊の心の隅がちくりと痛む。当たり前だが、自分と聡祐では友達以上の関係にはなれないのだ。どんなに前から知り合ったとしても恋人にはなりえない。それを再確認させられたようで湊は少し悲しかった。けれど湊はそれを表面に出すことなく、聡祐とスマホの番号を交換した。  じゃあおやすみ、と部屋の前で聡祐と別れた湊は緊張から解かれた瞬間、玄関にへたり込んでしまった。切ないけど嬉しい。楽しいけど寂しい――そんな自分でも収拾つかないような感情が湊の中で渦巻いている。  湊はそっとポケットに入ったままのスマホを取り出した。電話帳を開いて、さっき登録したばかりの名前を表示させる。 「……井波、聡祐……」  名前を呼ぶだけで、こんなに胸が苦しくなる。壁ひとつ向こうに居るのに、さっき会ったばかりなのに、もう顔を見たくなってる。  諦めるはずなのに、そう決めたのに、聡祐との距離が縮まるのがこんなに嬉しい。 「こんなんじゃヤバイ、かな……」  だけどもう少しだけこのままで――そう思って湊はスマホをぎゅっと抱きしめた。
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