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 夕方のスーパーでメニューに迷い、やっぱり初めての手料理は洋食かな、と考えて、いやいや彼氏に作るラブご飯じゃないんだから、と考えを打ち消す。だけど―― 「……美味しいもの、食べて欲しいしな」  湊はそう呟いて、買ってきた材料を取り出した。今日のメニューはエビフライに決めた。アレルギーはなさそうだったし、キライな人が少ないメニューだ。それに最近ようやく真っ直ぐに揚げられるようになって、今湊の中ではいちおしのメニューだったからだ。  湊はえびのパックを開けると、塩と片栗粉をまぶして軽くもみ、水洗いする。これをすると臭みが取れるらしい。今日ネットでメニューを見ている時に見た知識だ。その後はちまちまと背わたを取り始めた。面倒だけれどこの作業もまた聡祐のためだと思えば少し楽しい。  鼻歌まじりにその作業をしていると、ベッドに放り投げていたスマホが着信音を鳴らした。聡祐かもしれないと思い、湊は慌ててスマホをてにしたが、メッセージの発信者は神崎だった。幾分落胆してベッドの縁に座り込み、メッセージを開く。 『さっそくだけど、明日の夕飯一緒にどう? まだバイト始まってないんでしょ』  確かにバイトなんて嘘だから時間はある。けれど、明日だってきっと聡祐のご飯を作るに決まっている。そうなるとやっぱりそちらを優先したい。友達として、と言ってくれた神崎を無下に扱っていることには罪悪感を覚えるが、今の湊はまだ聡祐に気持ちが向いている。 『明日は用があるので、ごめんなさい』  胸の奥が少し痛む感覚を覚えながら、湊はそのまま、パタン、とベッドに倒れこんだ。結局、聡祐を選んでしまった。聡祐を諦めるなら、絶対逆の選択をするべきなのだ。わかっている。わかっているけれど、友達としてでも聡祐に会えるのなら、そちらを取ってしまう――だって、まだ好きなのだ。というより、むしろどんどん好きになっているのだ。このままじゃ拙い。だけど、やっぱり傍に居られるなら居たいのだ。それが終わりのある関係でも、一番傍に居られるわけじゃないとしても。  湊がため息を吐くと、再びスマホが鳴った。  画面には神崎の文字が見える。湊は少し迷ったがさっきメッセージを返してしまったこともあり、無視するのもよくないと思って通話ボタンにそっと触れた。 『湊くん? よかった、声聞けて』 「すみません、神崎さん」 『え? 食事のこと? 別にいいよ、急に明日って言い出したの僕だし。また今度会おうよ』  電話を通すと穏やかな声が更に柔らかく聞こえる。きっと自分なんかに執着しなくても男女問わずモテるだろう。 「おれと会っても楽しくないですよ」 『言っただろ? 湊くんは僕の好みなんだよ。連れ歩くだけでも満足なんだ』  ふふふ、と小さな笑い声が聞こえる。そこには余裕みたいなものが隠れていて少しだけドキドキしてしまった。こんなことを言われるなんて慣れていないせいだろう。 「先輩が楽しいなら、いいんですけど……」 『うん。今度、ランチ誘うよ』  夜はバイトだろうから、と神崎がさらりと口にする。そこまで見抜かれていると分かり、湊は少し自分のことが恥ずかしくなった。 「ランチなら、ぜひ……」  答えながら自分勝手だな、と思う。夜は聡祐の夕飯を作りたい、ただそれだけの理由で時間が作れないなんて、他人が聞いたらどう思うだろうか。主婦が旦那の夕食を作るわけではないのだ――湊にとっては、気持ちはそれに近いのだが。 『じゃあまたね。声聞けてよかった』  今日はぐっすり眠れそうだ、と笑って神崎は電話を切った。湊はぼんやりとしながらスマホの画面をスリープにした。なんだか不思議な気分だった。神崎が優しく接してくれるたびに恥ずかしいような、それでも嬉しい気分になる。けれど同時にそれに応えられない自分の気持ちに罪悪感を覚えるのだ。まだ、神崎の気持ちにまっすぐ向き合えない自分がいる。  どうしたって今はまだ聡祐が一番なのだ。
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