魔族とゴブリンは全く別の生き物

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「遠すぎじゃ」  魔王様は膝に手を当てて息をはき出した。  一面に広がった草原の先にあるのは外壁に囲まれた町。外壁に取り付けられた門に向けて、馬を引いた行商人や、鎧を着た冒険者が、疲れた顔で列に並んでいた。  息を整えたのを見て、列に並ぶ。列の進みは意外にも早い。すぐ門に近づいた。外壁は見上げる程に高く、側面には継ぎ目が一切無い。 「……デボットには何の用で?」  門に着くと二人いた衛兵の一方が話しかけてきた。七十歳くらいだろうか、髪は白く染め上がって、眉間の皺が色濃い。ベテランなのか、若い衛兵とペアで門番をしていた。 「なに、ただの観光じゃよ」  ちらちらと若い衛兵を見ながら受け答えをする。対応している冒険者に大声を荒げられて、完全に萎縮している。あれでは仕事にならない。 「そうか。あー、この町は初めてか?」  仏頂面で無精髭を弄りながら、服装をじろじろと見定めた。魔王様は武器は持っていない。私も腰に剣が一本、携えられているだけだ。 「うむ、来た事ないのじゃ」 「そうか、通行証は持ってるか?」 「無いのじゃ」  話している間も冒険者の怒声がここまで響く。「ひぃぃすみません!」と衛兵は怯えて、それにまた怒る。周りも冷やかし始めて、いつ乱闘に発展してもおかしくない。 「はぁ、あいつは……ったく! 通行証を出すから少し待ってろ」  頭を片手で掻く老兵。もう片方の手で小さな木板を二つ投げ渡された。 「二枚で銀貨一枚だ。それが通行証代わりになるからな、くれぐれも無くすなよ?」  自身の影からぬるりと出した真っ黒な手から小さな袋を受け取り、その中から銀貨を渡した。人間は影魔法と呼ぶそれは、私にとっては生まれた時から使えた馴染みの力だ。 「ふむ丁度だな。通って良いぞ。おい! 冒険者相手にビビってんじゃねぇぞ!」  銀貨を受け取ると、すぐに若い衛兵の方へ叫びながら走っていった。 「行くとするかの」  余計に騒がしくなった門を抜けると、真っ白な壁と赤茶色のレンガ屋根で彩られた活気のある町並みに迎えられる。  右手には武器屋に宿屋が建っていた。正面には小さな広場に大きな噴水。左手には屋台が並んでいて、刺激的な匂いで人々を誘惑していた。 「ふむ。店主よ、これはいくらじゃ?」  誘われるがままに一番近い串焼きの屋台に近づき、串に刺さった肉を指差す。 「一本銅貨三枚だお嬢ちゃん」  白いタオルをバンダナみたいに巻いた、五十代くらいの筋肉質な店主は、串を焼きながら答えた。 「ふむ、一本貰おうか。ファントム」  殺せば金など払わなくても良いのに。そう思うが、促されて仕方なく銅貨を三枚渡した。 「毎度。ほれ、一本おまけだ。熱いから気をつけな」  袋を受け取る。大ぶりの肉が五つ付いた串が二本湯気を立てていた。 「おぉ、感謝するぞ、美味かったらまた買いに来るのじゃ」 「んなら、また絶対に来る事になるだろうな!」  自信満々に笑うと、串を片手で回しながら、見えなくなるまで手を振っていた。 「案外人間も悪く無いじゃろ?」  噴水前の広場のベンチに座ると、私は何も答えず、袋から串を一本魔王様に渡すと、小さな口で齧り付いた。私には食事を行う器官は無いが、その食の進みを見れば、それが少なくとも食べれないものではない事は分かった。
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