レーズンロールでお帰りなさい

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アンナに教えてもらった通り急いで分割して丸める。 干ブドウが入っている分、少し大きめに切ると良いらしい。 「丸めはもう少し優しく…そう表面を張らせるイメージです」 生地を張らす作業はクスクスにはまだ少し難しい。 力任せもだめだし、弱すぎてもいたずらにいじくるだけになってしまう。 絶妙な力加減と手の使い方が必要なのだ。 そして生地はしっかりと休ませる。 パンは焦ると重く固く仕上がってしまうし、のんびりすぎるとぷわぷわのパサパサになってしまう。 アンナはパンは生き物だと教えてくれた。職人の育て方が重要なのだ。 最後に、丁寧に美しくもう一度丸めて鉄板に乗せる。 そうしたら最後の発酵だ。 「さあ疲れたでしょう、ひと休みしましょうか」 アンナがお茶を淹れてくれた。 「殿下、本当に腕を上げましたね」 「アンナの足元にも及ばないよ」 「そりゃあ私は仕事にしてますからね、簡単に追い付かれたら大変ですよ」 アンナがふふふっと笑った。 クスクスはお茶菓子にと出してくれたラスクをかじる。 じゅわりとバターの味と溶け出した砂糖が頬をゆるませる。 「僕もこうなりたい…」 「え?」 「僕もパン屋になりたいな」 ラスクを食べながらそう言った。 「なれるかな」 「んー、王子様がそうした職業につけるのか私にはわかりかねますが… 殿下は器用ですし熱意があるからきっとできます」 「本当に?」 「パン職人に必要な心構えは、 熱意と根性、そして食べる人のことを想うことです。あ、パン屋というより料理人に共通することかもしれませんね!」 クスクスは今まで作ったパンを食べてくれた人たちの表情を思い出す。 「兄上も喜んでくれるといいな」 アンナはとても優しく微笑んだ。 「きっとですよ」 つるんと発酵したレーズンロールに、卵を塗って窯に入れる。 何度嗅いでも、焼き上がる直前に漂ってくるこの匂いはたまらなく大好きだ。 ミトンをつけて、クスクスは初めて窯からパンを出す。 「熱っ」 手首が一瞬鉄板に触れたが、勢いでそのままパンを出す。 美しくツヤのあるレーズンロール、甘酸っぱい干ブドウとスンナモの香りも混じり合う。 「あらあら、大丈夫ですか?」 アンナが急いで濡れた布を持ってきて火傷を冷やす。 「このくらいなんてことないさ!」 「ふふ、もしパン屋になるならその心意気ですよ。火傷は職業病みたいなものですから」 アンナが手首をひっくり返すと、古い茶色から痛々しい赤色まで火傷の線がいくつか走っていた。 「うわあ、痛そう」 「慣れですよー。 さあレーズンロールを味見してみましょうか」 アンナがレーズンロールをひとつ取って、波刃の包丁で切る。 「内層を見てください。均一で決め細やか…良いパンの証拠です。 香りも…うん、とても良い」 「ふんふん」 アンナの真似をして中を見て匂いを嗅ぐ。 クスクスにはまだ正直よくわからないが、きっとこういうことの積み重ねが大切なのだ。 パクリとかじる。 「うん、きっと兄上もこれなら気に入る」 クスクスは確信したように頷いた。
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