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翌朝、学校に行く前の早い時間に3人はやってきた。
「みんな早いのね!ちょうど窯に入れるところよ」
「さあ早く焼いとくれ!」
ファルは元気にそう言った。
アンナはフフッと笑って、少し乾いたクロワッサンにいつにも増して丁寧に卵を塗る。
ここで折角作った層を潰したら台無しだ。
そして、高温の窯で焼き上げる。
しばらくするとバターに火の通る甘い匂いが店内に漂い始めて、みんなうっとりしていた。
流石高級バターで、素晴らしい香りだ。
少し長めにしっかり火を通す。
「よし!」
「わあ!」
アンナはトンと鉄板を出した。
長い時を経てついに焼き上がったクロワッサンは耐え難いほどのバターの香りを発しながら輝いていた。
重ねられた層ひとつひとつにきちんと火が通っていて、見ただけでパリパリなことがわかる。
溶け出した上質なバターが高温の鉄板故にじゅぷじゅぷ音を立てながら流れていた。
アンナは味見にと、ひとり半分ずつ切ってくれた。切るそばから層がぽろぽろと剥がれていく。
大きさに対してクロワッサンは驚くほど軽い。
頬張ると、サクっという音と共にバターの甘味と風味が口のなかに流れ込んできた。でもとっても軽くて、まるでバターの空気を吸っているようだ。
一口食べただけなのに、周りににたくさんカスがついた。
「こんなの初めて食べた…」
ファルもファッレも口の周りを汚しながらほわぁ…とする。
この表情を見られるのは、食べ物を提供する側として冥利に尽きるというものだ。
「ほらみんな、学校に遅刻するわよ」
アンナのその声で余韻に浸っていた3人はハッとして、繊細なクロワッサンを壊さないようにそっとカゴに入れる。
「アンナありがとう!先生もきっと喜びながらボロボロこぼすぞ!」
クスクスたちが大張切りで店を出て学校に向かって行くのをアンナは見送った。
その日の午後、アンナは早めに店終いをすると取っておいたクロワッサンを持って街に出る。
「やあアンナ、また来たのかい」
乳屋に入ると昨日と同じようにノッカが店番をしていた。
「ちょうど良かった。昨日は最高のバターをありがとう、良かったら食べてみて」
袋に入れたクロワッサンを渡すと、その場でパクリと食べる。
「これは…!凄い美味しいよ!」
「気に入ってもらえて良かった、貴方のお店のバターあってこその出来よ」
「素晴らしいパンをありがとう」
食べ終えたノッカの口の周りにクロワッサンのカスがたくさんついていたので、アンナは笑ってハンカチを差し出した。
ノッカは少し照れながらそれを受けとる。
「…君、店が休みの日はあるのかい?」
「特に決めてないわ、不定休よ」
「もし空けられる日があるなら、その、最近気候も良いし、ちょっと出掛けられたりとか…」
ノッカがしどろもどろしながらそう言った。アンナはパッと笑顔になって手を叩く。
「いいね!今はピクニックに最高の時期だものね!殿下たちも誘ってみんなで行きましょう!」
「えっ?」
「ピクニックはイヤ…?」
「いや、そうじゃなくて…
うん、いいんだ。はは、みんなで行こう」
ノッカは苦笑いを浮かべた。
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