愛しのツォップフ

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愛しのツォップフ

いつものようにクスクスは朝早くにメイドたちに叩き起こされ、寝巻きから着替えて寝癖を直す。 まだポヤポヤと寝ぼけ眼で朝食の席についた。 そこにはもう既に国王と王妃が座っていた。 「父上、母上、おはようございます ふあーあ」 大きなあくびをしながら言うと、王妃がピシャリと叱る。 「なんですシャキッとしてください。 今日はコンスタンチン伯爵夫人がおいでになるんですよ」 「えっ、てことはキルシュも?」 「ええもちろん」 クスクスはそこでパッチリ目が覚めた。 「それを早く言ってよ!」 クスクスは思わず立ち上がる。 「クスクスは本当にキルシュが好きなのだな」 デュラム国王がおおらかに笑う。 キルシュは国王の末妹の娘で、今年16歳になるクスクスの従姉妹だ。 クスクスは幼い頃からよくこの従姉妹と遊んでいた。 「いつ来るの?」 「お昼頃ですよ」 クスクスは時計を見る。 なんとか間に合いそうだ。 「キルシュにパンを食べさせてあげよう! 母上、今日のランチはスープだけでいいとコックに伝えておいて!」 クスクスはそう言って大慌てで朝ごはんを食べてしまうと、すぐに家を飛び出した。 民の挨拶には片手で応えつつ、街の南の隅っこまで一気に走る。 「アンナー」 『ベーカリー 近日開店!』と書かれた扉をコンコンと叩くと、アンナが扉を開けて笑顔で出迎えた。 「殿下、今日はなんのご用ですの?」 今となってはアンナとクスクスは大の仲良しである。 「一緒にパンを作っておくれ!大事なお客様がくるんだ」 「あら、どんな方?」 「従姉妹のキルシュさ!目がキラキラで、栗色の髪を三つ編みおさげにしてて素敵なんだ」 アンナはクスクスの話しぶりを可愛らしく思いながら腕を組む。 「どんなパンがいいかしら」 「お昼ごはんのスープに合うようなのがいいな」 「…三つ編み、スープ…そうねぇ、 じゃあ…ツォップフを大急ぎで作りましょう!」 「ツォップフ?」 アンナは牛のヤムヤともすっかり友達になり、牛乳を手に入れることも容易いものだった。 めんだいの上に材料を並べる。 「小麦粉が分けてあるけど、これはなにか違うの?」 「それは強力粉に薄力粉です。混ぜて使うことでパンの歯切れが良くなるんですよ」 さて今回は、 強力粉に少しだけ薄力粉を混ぜて、 お砂糖そこそこ、お塩はちょこっと、 欠かせないのは魔法の酵母菌。 卵と牛乳、そしてお水。 「今日は水を使うんだ」 「ブリオッシュが特別で、殆んどのパンはお水を使います。 パンは作ろうと思えば、粉、酵母、塩、水だけで作れるんですよ!」 「すごいや!」 「パンは凄い食べ物なんです」 今日はクスクスが材料を混ぜる。 こねこねしていると手にべとべととくっついて不安になるが、よく捏ねて何度も叩くとどんどんまとまってきた。 ようやくまとまったと思ったのに、アンナがそこにバターを加えるとたちまちゆるゆるのベトベトになってしまった。 「これ最初から混ぜちゃダメなの?」 「最初から混ぜると余計に大変なんです。ほら、もうまとまり始めてる! がんばって!」 アンナはいつもにこにこしながら、パン作りに甘えは許さないのだ。
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