愛しのツォップフ

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1時間後、三つ編みはぷっくり膨れ上がっていた。 クスの実のついているほうは、剥がさないように丁寧に卵をぬる。 そしてついに窯にパンが入った。 10分そこそこの短い時間のはずなのに、焼いているこの間がクスクスにとって一番長く感じる。 待ち遠しくてたまらない。 アンナが窯を覗くと嬉しくなるし、再び閉めてしまうとがっかりする。 「よし!」 アンナのその声にクスクスは前のめりになって覗き込む。 分厚いミトンをつけたアンナがトンっと鉄板を取り出した。 窯から上がったツォップフはこんがり美味しそうな色に焼けていて、ふっくらとしたその姿は、まさにボリュームのあるキルシュの三つ編みを連想させた。 焼けたクスの実の香りがたまらない。 「シンプルにほどよく甘いこのパンはまさにランチのスープにピッタリ!」 アンナが得意気にそう言った。時計を見ると、時刻は11時30分過ぎ。 「大変だ!急いで帰らなきゃ!」 手提げカゴに清潔な布を敷いてツォップフを中に入れる。 慌てて飛び出すクスクスに「焼きたてのパンはうんと潰れやすいから気を付けて!」とアンナは声をかけた。 丁寧に慎重に大急ぎで城に帰る。 「クスクス久々ね!また背が伸びた?」 「ど、どうも…」 城にはもうコンスタンチン伯爵夫人とキルシュが到着していた。 相変わらず可愛い三つ編みをして、笑顔はキラキラしている。 会うのを楽しみにしていたのに、いざ目の前にするとクスクスはもじもじしてしまう。 「おや、それは何かな?」 国王はそんなクスクスに気を利かせて、わざとらしく尋ねる。 「あの、僕パンを作ったんだ… お昼にみんなで食べようよ」 「パン?パンってなあに?」 キルシュはカゴを覗き込むと、丸いその目をさらに丸くさせた。 「なにこれ初めて見た!これクスクスが作ったの?凄いじゃない! ああ、とっても良い香り」 「香りだけじゃなくて、ふわふわで心がほっとする優しい味がするんだ」 「早く食べましょう!」 「キルシュはしたないですよ!」 カゴとクスクスの手を握って走るキルシュにコンスタンチン伯爵夫人が忠告するがキルシュの耳には届かなかった。 「まあいいじゃないか。ちょうどスープも出来たみたいだ。お昼ごはんにしよう」 食卓に熱々の野菜スープとツォップフが並ぶ。 「「いただきます」」 ぱくり、まだほんのりと温かさの残ったツォップフ、ふわふわサクサク食べられるので、つい止まらなくなってしまいそうになるが、一度グッとこらえてスープに口をつけた。 コックが腕をふるったキャベツとキノコとニンジンとベーコンの入ったスープは流石に美味しい。 少ししょっぱい野菜のスープ、少し甘いバター薫るツォップフ。 どちらもパクパクパクパク、無言で食べてしまう。 キルシュが次に口を開いたのは、ツォップフをひとつ食べ終わる頃だった。 「…もうひとついいかしら?このクスの実のついたほう」 そう言われるとクスクスはとっても嬉しくて顔が勝手ににやけてしまう。「うん!」と大きく返事をした。 「もうキルシュったら。いつも食い意地がはってるんだから」 「そんなこと言ってお母様だってまだ食べたいでしょう?」 コンスタンチン伯爵夫人のお皿の上にももうパンはない。 夫人だけじゃない、国王も王妃もクスクスも、みんなペロリと食べたあとだった。 「クスクス、これとっても美味しいわ。ありがとうね」 キルシュがそう言ってウインクしてくれたので、クスクスは大声で叫びながら城中を駆け回りたくなったが、スンとすまして 「へへん」 と言った。
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