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優月はよろめきながらも何とか自室に戻った。スマホを手に取る。
(わ、わたし、もう、この家にいられない……、いたくない……。もう由紀兄さんを頼るしかない……)
しかし、通話はつながらなかった。
メッセージを送る。
『由紀兄さん、お願い、助けて。明日、また連絡します』
それからしばらく、ぼんやりとベッドに座っていた。
体も心も疲弊しきっていた。
暴力を受ければ、心にも傷を受けるものだ。特に信頼していた相手からの暴力は。
(パパは、私のこと、大事でも何でもなかったんだ……)
涙があふれ出て来てしようがなかった。
それでも、優月には頼れる人がいる。
今日、由紀也に出会えたことは天の救いのように思えてきた。
シャワーを済ませて廊下に出れば、来客があったようだが、気に留めずに自室に入った。
しばらくしてノックがあった。
「誰?」
「パパだ」
「ごめんなさい、もう寝ます」
「話がある、開けなさい」
やむなく、優月はドアに向かった。ドアを開けるとそこにいたのは隆司だった。
「きゃあ!」
優月は思わずドアを閉めて鍵をした。
(どういうこと? どうして隆司さんが?)
「優月、開けなさい!」
どんどんとドアが叩かれる。
こんな時間に何事なのか。もう寝ようとしているのだ。
そのうち、ドアに体当たりするような音が聞こえてきた。
ここまで強引に入ろうとするのは異常だ。
(何をするつもりなの?)
ドアの鍵は簡易なものだ。
身の危険を感じた優月は、クローゼットに隠れた。そこへ、ドアが破られるような音が聞こえてきた。
「優月、隆司くんがお前を妻にしてくれると言ってる。大人しく隆司くんに従うんだ」
(妻にする……?)
優月はクローゼットに隠れたことを後悔した。時間稼ぎにしかならない。この家の中に優月を助けてくれる人などいない。
父親に裏切られれば、もう家の中には敵しかいない。
「優月ちゃん、俺には素直になっていいんだよ。優月ちゃんの気持ちはわかってるからね」
隆司は舌なめずりするような声を出している。優月はえずきそうになって、慌てて口を抑えた。
(どうしよう……、どうすればいいの……)
恐ろしさに震えながら、もの音をたてないようにするのに必死だ。
(どうしてこんな目に遭うの………?)
涙がぼとぼとと零れ落ちる。
足音が近づいてくる。
「優月ちゃん、どこかな? ああ、俺が麗奈ちゃんとイチャつけばすぐに出て来てまた怒り出すのかなあ? 麗奈ちゃんが留守なのが残念だなあ」
その声はクローゼットの前まで迫ってきた。
激しい音を立ててクローゼットは開けられ、突っ込まれてきた腕が優月をさがす。優月が後ろに避ければ、隆司は優月がいるのを確信して、服をかき分けた。
服の隙間に現れた隆司の目の気味の悪さに、優月は腰を抜かしていた。
「優月ちゃん、見ぃつけた」
優月はグイッと引きずり出される。
「い、いや……、やめて……」
優月は目に涙を浮かべて懇願した。
「おねがい、隆司さん、こんなことするの……、やめて……」
「優月ちゃん、ただ素直になればいいんだよ。俺の妻になれるんだから嬉しいでしょ」
「いや……、いやよ……」
隆司は優月をベッドに引きずっていく。優月は声を上げた。使用人の名前を叫ぶ。
「いやっ! いやっ! 誰か助けてっ! タキさん、米田さん、助けて! お願い、助けてっ! お願いっ!」
家族よりも使用人に救いを求めるしかない状況が悲惨だ。
そして、当然ように、使用人もまた来ない。この部屋以外、屋敷内は恐ろしいほどに静まり返っている。
ベッドに倒されれば、隆司の顔が迫ってくる。
(いやよっ、いやぁっ……)
隆司はネグリジェの上から胸を触ってきた。
「いやっ、いやあっ、だれかっ、たすけてっ…………」
不意に、階下で、市太郎の怒鳴り声がした。
「ちょっと、待ちなさい。待てっ」
物音がし、人影が近づいたかと思うと、隆司が優月から離れ、絨毯に投げ飛ばされる音がした。
目の前に現れたのは由紀也だった。
「ゆきにいさ……っ」
「優月!」
優月は由紀也に手を伸ばした。その手を掴んで由紀也は優月を引っ張り起こした。
「優月、大丈夫か」
優月が涙ながらにうなずく。
由紀也は優月を抱き上げた。優月は必死でしがみついた。
後ろで市太郎がわめきたてる声がする。
「待て! どこに連れて行く! 警察を呼ぶぞ!」
由紀也はそれを無視して屋敷を出た。
(由紀兄さん、助けに来てくれた……。また、助けてくれた……)
優月は泣きながら由紀也にしがみついていた。
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