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芹の憂鬱
「うっわ、サイアク」
「どしたの?」
「アプリでアラフォーからメッセージ来たんだけど」
「うわキモ、よく20代にアプローチ出来るよねー、身の程を知れよ」
ある日のランチ休憩中、カフェで食事をしているとふと隣の席のそんな会話が聞こえてきた。思わず耳をそばだてる。
「でも私もこの前、職場の37歳に誘われてさ。釣り合うと思ってるのあり得なくない?コッチはそいつが20歳の時に5歳なんだよ?」
「キモいキモい。ホント、いい歳して10歳以上年下に手を出す男とか絶対ロクでもないって」
そこまで聞くと、西園芹はパクパクと残りのサンドイッチを食べて席を立った。
芹はなんとも言えない複雑な気持ちを抱きながら職場へ戻る。
ー ジュエリーブランド「GARDEN」本社。
芹は専属のジュエリーモデルをしていた。
ガラス張りの洒落たフロントを抜け、エレベーターのボタンを押したとき、ひとりの男が後ろに立った。
「あ、冴島さん…お疲れ様です」
「お疲れ様です」
冴島雪成37歳、社長秘書の男だ。
どこにでもあるような退屈な髪型、印象に残らない黒ぶち眼鏡の奥には光のない暗い瞳が沈んでいる。今日も相変わらず顔色は良くない。
しかし、鼻筋が通ったその顔立ちは神経質そうではあるものの中々美形である。
ふたりでエレベーターに乗り込むと、気まずい沈黙が密室に満ちる。
実は、先週冴島と勢いで寝てしまった。
もちろん深い意味で、だ。
「…この前のこと、」
沈黙を破ったのは冴島だった。
「秘密にしておきましょう。社長令嬢と秘書がワンナイトは流石にスキャンダルです」
そう、何を隠そう芹はGARDENの創始者、西園社長の娘である。
「そんな風におっしゃるなら始めからあんなことしなければ良かったのに」
そっけない態度の冴島にカチンときた芹は意地悪な口調で言った。
「軽率なことをしたと反省してますよ。でも僕も好みの女性に迫られて断るほど枯れてはいませんので」
「なっ…!」
「反省」と言う言葉に腹を立てると同時に「好みの女性」という言葉にドキッとしてしまう。
「何もなかったことにするほど無責任でもないですよ、今後のことはまた話しましょう。
…ほら、あなたの降りる階です」
ポーンという音と共にエレベーターのドアが開き、冴島は手でドアを押さえた。
「…また、後日……」
芹はそれ以外の色々な言葉を飲み込んで箱から降りた。
そしてドアが閉まり、上へと昇っていくエレベーターのランプを睨み付ける。
(10歳以上年下に手を出す男はロクでもないって言うけれど……)
芹はどうしようもなく、冴島にときめいていた。
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