芹の憂鬱

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冴島と関係を持ってしまったのは完全に勢いだった。 その日、芹は大学から付き合っていた彼氏の浮気を知り怒りのままに別れをつきつけ、やけ酒を飲んでいた。 そこに偶然現れたのが冴島だ。 冴島との付き合いはそこそこ長い。冴島は芹が高校生の時に父の秘書となり、その頃から多少交流があった。 ほんの少しだけ好きだったというか、憧れていた時期もある。 そんな冴島だからこそ、芹は八つ当たりのように愚痴を言った。 「結局男性は胸なんですよね。一途が良い、清楚系が良い、上品なところが好きだと言いつつ巨乳の露出の高い女性が良いんです。本能には逆らえないんですよ」 芹の酔いは顔に出ないが、いつも以上に饒舌になる。 カウンターの隣に座る冴島は酔っていない風に水割りをひとくちのむと、 「好みの問題じゃないですか」 と適当な返事をした。 その返事は無性に芹の神経を逆撫で、苛めてやろうと言う気持ちにさせる。 「じゃあ冴島さんはどんな女性が好みなんですか?」 「…真面目で素直な人ですかね」 なんとも無難で退屈な答えだ。 「そういうのでなくて、見た目とか性的魅力の話です」 「この歳になると顔とか身体とかだけで好みを語れなくなるんですよ」 「じゃあなんですか。真面目で素直ならBカップの私でもいいんですか?」 「芹さんは魅力的ですよ。育ちも良いし可愛らしい。すぐにいい人が見つかります」 他人行儀に答える冴島に苛立ちを募らせた芹はぎゅうと冴島の腕に抱きつく。 「はぐらかさないでください!冴島さんは私に興奮できるんですかって聞いてるんです!」 「出来るって言ったらどうするんです?」 「えっ?」 冴島は芹の手から抜けると、スルリと腰に手を回して抱き寄せた。 普段触られない部位に男性の筋肉質な腕が絡まり、ぞくっと鳥肌が立つ。 「芹さんはこんなおじさんに、"興奮する"って言われて嬉しいんですか?」 耳元で囁かれる。芹は真っ赤になってフリーズした。胸だけはドキドキドキと激しく波打つ。 こんな風に身体が熱くなるのは初めてだ。彼氏とのスキンシップは愛情表現のひとつだったが、このときめきは…。 あわあわと言葉に詰まる芹を見ると、冴島はふっと鼻で笑って離れる。 「冗談です、軽はずみな言動は控えた方がいいですよ。特に男にはね」 「あ、う…」 芹は自分なりに頭を整理した結果、 「嬉しいです!」 と叫んでいた。 「は?」 冴島は目を点にしている。 芹はぐるぐると焦点の曖昧な目で冴島の胸ぐらを掴む。 「ちょっと、だから…冴島さんさえ良ければホテル…ホテルに行きましょう!」 もっと、先ほどのドキドキを味わいたかった。試したかった。正体を突き止めたかった。 酔っぱらいの発作的行動だった。 言葉を失った冴島は考えるように目をそらしたあと、無言で芹の腕を掴んでその店を後にした。
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