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芹と元カレ
「消えて!恥を知りなさい!!」
芹の憤慨が駅前にこだまする。
健一は頬を押さえ数秒呆然としたあと、「この…っ!」と立ち上がり芹に掴みかかろうとした。
そのとき、
「何の騒ぎですか」
やっと冴島が現れた。
冴島は酷く不機嫌そうな顔で芹の腕を掴むと背中に隠す。健一はハッと笑った。
「待ち合わせ相手はパパか。どうりで嫌がるわけだ」
「パパ?」
冴島が片方の眉を上げて不可解そうな声を出す。
そんな冴島の前に健一が立ち塞がる。健一は180cmを越える体格の良い男で、細身な冴島は掴みかかられたら敵わないだろう。しかし、冴島は一切動じなかった。
「どちら様でしょう。芹さんに何のご用でしょうか」
「俺は堀田健一です、芹の彼氏の」
芹がそれを否定するより前に冴島は「ああ、なるほど」と言って眼鏡をあげた。
「お噂はかねがね」
含みのある物言いだ。健一は目を細める。
「アンタは?芹ちゃんをいくらで買ったんです?」
「何か誤解があるようですね。私はGARDENで秘書をしている冴島と申します」
「秘書が社長令嬢を愛人に?乱れてますねぇ」
「そのような事実はありません。芹さんのことは幼少の頃から見守らせていただいてます。彼女にとっては年の離れた兄のようなものです」
芹は冴島の察しの良さと息をするように出てくる嘘に思わず感心する。
…が、それどころではない。
芹はぎゅっと冴島の腕にしがみつく。
「雪にぃ、健一くんが私のことパパ活してるって言ったの」
自分なりに妹風な声を出してみる。
冴島はやや大袈裟に「それはそれは」と言った。
「貴方の芹さんへの不誠実な態度が社長の耳に入ってないのは誰のお陰だと?その上それほどの侮辱をするとは…。随分度胸のある方ですね」
健一は一瞬怯んだように顔を歪ませたが、すぐに愛嬌のある笑顔をニコッと見せた。
「なんです、脅す気ですか?
芹ちゃんは父親の威を借りるなんてみっともない真似するんだ?」
そう芹のプライドを刺激する。カーッと顔が熱くなった。
しかし冴島は飽くまで冷静である。
「芹さんはお優しいからそんなことはしないかもしれませんね。でも僕は違います」
健一が顔色を変える。
「僕は芹さんのことは社長に細やかに伝えるよう指示されています。貴方のことは彼女の意向で黙っていましたが、今回は限度を超えています。社長は親バカですからね、圧力か、弁護士か…何するかわかりませんよ」
健一はわなわなと震えたあと「ふうっ」とわざとらしく息を吐いて前髪をかきあげる。
「わかりましたよ、引き下がればいいんでしょ」
「物わかりの良い方ですね。二度と、関わらないでください」
健一は「ハイハイ」と軽く返事をしてから、じっと芹を見つめた。
さっきまでとは違う、湿っぽく哀れみを誘う視線だった。
「…けど、忘れるなよ。君が俺を見ないからこうなったんだ」
そう捨て台詞を吐くと健一は背を向けて歩きだした。
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