芹の憂鬱

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それで、だ。 身体の相性が良いというか…、あの夜のことは今まで経験したことのないほどのものだった。 あの時のドキドキは本能的に感じとった性的魅力なのだろうか。 芹は思い出して思わず赤面する。 「ちょっと!顔赤いわよどうしたの?」 イヤリングの撮影中だと言うのに意識があらぬ方向に飛んでしまった。芹は手で頬を押さえて冷やす。 「すみません」 カメラマンの織間(おりま) (かおる)がカメラを下ろして芹の顔を覗き込む。 「アンタったら仕事中にボケーっとして」 薫はそれはそれは美しいお兄さんだ。 モデル顔負けのプロポーションに、己を知りつくしさらにトレンドを押さえたメイク、派手なジュエリーをなんなく使いこなし、街を歩けば色んな意味で誰もが振り向く…そんな人だ。 「ごめんなさい、もう大丈夫です。続きお願いします」 芹はなんとか熱を振り払い、撮影を再開した。 「…で?」 撮影後、ジュエリーを外した芹の前に薫が立ちふさがる。 「なんでボーッとしてたワケ?」 キラキラのラメとバシバシの睫毛に囲われた、バリバリの瞳が芹に圧をかける。 何人たりとも、社長だろうとこの圧から逃れられる者はいないだろう。 「いや…その…、うう…。 実はちょっと気になる人がいまして…」 「恋バナね!!!」 芹の言葉にパアッと顔を明るくした薫は、急いで椅子とハーブティーか何かの入った自前のタンブラーを持ってくると、ちょこんと座って芹を見つめた。 「どんな人?年収は?年齢は?イケメン?マッチョ?」 「薫さん、お仕事は…?」 「そんなの後よ!」 薫は恋バナにとことん弱い。あらかた話さなければ仕事に戻らないだろう。 芹は観念して話し出す。 「顔は、正直好みです…。仕事も安定してます。…筋肉はまあ、普通、でした…」 冴島の身体を思い出す。痩せていたが、その腕や身体には男性的な筋肉がきちんとついていた。 思い出すとどうしても熱くなる。 そんな芹の様子を見て、察しの良い薫は「ははーん」と言った。 「…寝たわね?」 「…。 寝ました…勢いで」 「それでぇ?」 妙に嬉しそうである。 「それ以降はまだ何もないです…。でも、今度お話することになってて…」 「社長令嬢のアヴァンチュール!嗚呼!なんて素敵…。娘の淫らな関係に怒り反対する西園社長!それでさらに燃え上がる恋の炎!!嗚呼っ!創作意欲が湧いてきた!」   薫はカメラマンであると同時にジュエリーデザインも手掛けている。薫にとって恋バナはデザインの出汁らしい。 「パパには内緒ですからね!言っちゃあ嫌ですよ!」 「やーね、アタシはそこまで野暮じゃないわよ。…よし!情熱の炎をイメージしたデザインを夏ジュエリーに!!!」 薫はとっとと自分の世界に入ってしまい、ポツンとそこに残された芹は、 「恋よりも…これは…」 そんな独り言を呟いた。
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