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芹はその足で薫の元へと向かった。
薫はああ見えて個人オフィスをもらっているエリートである。
権力も社内でトップ5には入るだろう。
芹はコンコンっと扉をノックすると「だあれー?」と薫の声がした。
「芹です、今いいですか?」
「入って!」
声に促されるまま扉を開く。薫は個人オフィスを好き勝手している。中は色の暴力で目がチカチカとするほど鮮やかだ。
真っ赤な壁、真っ赤な絨毯に、間接照明などには緑や青の寒色を差し色として入れている。
脱帽するほど奇抜でありながらフランス映画のようにセンスが良い。
なんだか不気味な絵画や謎のオブジェを横目に芹は薫に近寄った。
「あの…」
「いいところに来たわね!これ見て」
薫の手の中のボックスを覗き込む。
パカリ、と開かれると、そこには太陽が入っていた。
中央にアレキサンドライトを据えた大ぶりなその黄金のジュエリーはハッと人の目を引く。
そしてよくよく観察すると、その太陽のフレアの部分は恋人たちが愛し合うそのシルエットで出来ていた。
「芹ちゃんの話からインスピレーションを受けた来期の夏ジュエリーよ。どうかしら」
「すごい…素敵…」
太陽を型どったそのジュエリーに目を奪われた。
間違いなく人々を魅了するだろう。
しかし…
「芹ちゃんから見て、なにか気になるところはある?」
芹の心を見透かしたように、薫はそう尋ねた。薫には嘘がつけない。
「…とても美しいです。けど、チェーンが…」
「うん?」
「もっと太くてキラキラする…例えばヴェネチアチェーンなんかを使ったらもっとラグジュアリーで特別な演出が出来るのではないかと…」
そこまで言って、芹は恥ずかしくなる。
「ああ!なんでもないです!デザイナーの薫さんに私なんかが口出しして恥ずかしい…!聞かなかったことにしてください」
穴があったら入りたい。
芹はド素人なのだ。
「いいえ」
しかし薫は優しい声でそう言うと、ぽんと芹の頭を撫でた。
「わざとよ、ワザと」
「え?」
「あえてひとつ細いチェーンをつけてみたの」
「あえて?」
「ええ。芹ちゃんは気づくかなって」
薫は芹は頭にハテナを浮かべるの手を取った。
「芹ちゃんやっぱりセンスあるわ。モデルよりずっとデザイナーに向いてる」
「そんな、だって、…私は美大も出てないですし…。絵もあまり上手では…」
そう言うと薫はフッと笑った。
「私の最終学歴は中学よ?アンタまだ22でしょ?勉強して、こっち側来なさいよ」
「…もちろん興味はあります。
薫さんにそう言っていただけるのはとても嬉しいです。
けれど、私なんかに出来るのでしょうか……。私は…あまり自分にそうした才能があるとは思えません」
「んもうっ、出来るかじゃなくてやるのよ!」
薫は芹の肩をバンッと叩いた。
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