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芹の決断
家に帰ると芹は早速本を開く。
最低限、宝石とデザインの知識はあったが、それが本当に最低限であったと身に染みる。
素材の生かし方、カットによる反射の違い、耐久性…わかっていたがまだまだ未熟だ。
しかし、薫の言っていた通り芹はまだ若い。
今こそ人生で初めて本気になろうと腹を括った。
何時間も芹が夢中で本とスケッチブックを往復していると、ふとブブーッとスマホが唸る。
通知の画面に「冴島さん」の文字が浮かんだせいで集中力はパッと途切れ、芹は素早くスマホを手に取りメッセージを読む。
『社長から預かりものがあるのでお部屋に寄ります』
ただそれだけだった。
芹は「ああっ」と苛立ちの声を上げてスマホをベッドに投げ捨てる。
消えたはずの冴島に対する怒りが燻った。
そんな筋合いなどないと理解したはずなのに心はどうしてもジリジリと熱くなる。
1時間後、インターホンが鳴った。
芹は数秒の間を置いてから玄関前までゆっくり歩いて扉を開いた。
冴島はいつも通りな風に「こんばんは」と言った。
「こんばんは」
芹は不機嫌を隠さずにツンとした調子でそう返した。そんな態度など意に介さない冴島は手に持っていた紙袋を芹に手渡した。
「社長からです」
頂き物だろうか。芹の好物である海外のチョコレートが入っていた。
「あらっ」
一瞬だが思わず喜んでしまう。
しかしすぐにハッとして冴島の顔を見て、すぐに顔をしかめる。
「お世話様です」
「…」
流石に思うところがあったのか冴島は「はぁ」と息を吐く。
「怒ってます?」
「…ちょっとだけ」
「すみません」
予想外に素直に謝ったので、向ける先のない怒りの矛先をぐるぐると回す。
「謝罪の必要はありません。私が無意味に怒りの感情を持て余しているだけですので」
「…上がっても?」
冴島のその問いに芹はこくりと頷いた。
冴島は靴を脱いで部屋に上がると、芹に促されるままいつものようにソファーに座った。
「話を聞いてもらえますか?」
「…どうぞ」
「まずアモルアの件、織間と社長の誘いを断れずすみませんでした」
「ですから、私に謝ることなんて何もないはずです。別に私たちは…そういうのじゃないですし…」
「それは、…或いはそうかもしれません。
けれど、僕は同時に複数の女性と関係を持てるほど器用ではありません」
それはそうだろう。
冴島がそんなことをしない男だと芹が一番わかっている。
「ですので、今回は飽くまで織間の付き添いだとご理解頂きたい。僕は芹さんと…終わりにしたくはないと思っています」
芹はうんざりする。自分にだ。
あまりにもちょろい、こんな言葉だけで芹の心の中の子犬がパタパタと尻尾を振ってくるくる回っている。
「…そ、そんなこと言っても、一目惚れということもあるでしょう?
別に、それはおめでたいことですし私は喜んでこの関係を終わらせて祝福してさしあげますけど」
芹は無理にそんな強がりを言った。
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