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その日、芹は目立ちすぎないようラベンダーカラーの長袖総レースのワンピースを着る。
雰囲気を変えるため、普段はしないクールメイクを施す。
芹の目は丸くもあるがつり目でもあるので、どうしてもキツく見えるのだ。
鏡の中には猫のように気位が高そうな女性がいる。
まあしかし、話しかけられにくくて良いかもしれない。
芹は会場であるホテルに到着すると、一際澄ませた顔で中に入った。
中は実に華やかで、上質に演出されていることがわかる。着ている女性も男性も、色々な意味でレベルが高い。
その中でも、一際目立つ人がいた。
「あら!そのドレス素敵ね!どこの?…まあオートクチュール!綺麗ねぇ…」
そう声をかけている薫の服装も凄い。
光沢のある黒のシルクのスーツは採寸がぴったりで、薫の美しい身体のラインを惜しげもなく晒す。ウエストを太いベルトで閉め、裾はプリーツ加工されている。
髪は艶々のマッシュルームカット、唇を真っ赤に染めている。耳に大ぶりのアメジストのイヤリングをつけ、腕には宝石を散りばめた腕時計…
ユニセックスなその服装を着こなす薫はパリコレのメンズモデルも顔負けだ。
男も女も振り返り、人によっては惚れ惚れと見とれている。
以前聞いた話だが薫はパンセクシュアルだそうだ。
しかし全人類恋愛対象になったとしても、薫のセンスのお眼鏡に叶う人間は早々いないだろう。
(張り切ってるなあ…)
そんな薫のお陰で、見つけるのに一苦労するであろう風景に擬態するように影の薄い冴島をすぐ見つけることができた。
薫の影になるように、冴島は退屈そうに死んだ目でアルコールを飲んでいる。
そんないつもと変わらない冴島の姿を見て、芹はほっとした。
(私何してるんだろ…)
そして自分で自分を笑う。
冴島が浮わつくと思ったわけではないが、言い寄る女性もいるだろうと思ったのだ。
それは杞憂に過ぎなかったかもしれない。
こんなコソコソとストーカーのようなことをして恥ずかしくなる。
芹は密かにある程度食事を楽しんだら帰ろうと思った。
芹がボーイからシャンパングラスを手に取って口に含んだとき、一人のワインレッドのマーメイドドレスを着た女性が真っ直ぐ薫の方に歩いていくのが目に入った。
いや、しかしその視線はどうにも冴島を捕らえているように見える。
気になった芹は慌ててグラスを戻し、そっと死角から冴島に近寄る。
女性はやはり冴島の前に立った。何を話しているかは知らないが、冴島が見たことないほど目を泳がして動揺しているようだった。
女性は痺れを切らしたように冴島の腕を掴んだ。
「あっ…!」
思わず声が出たが慌てて唇をぎゅっと閉じる。
女性はそのまま冴島を引っ張り、会場の隅の柱の影へと移動する。芹は慌てて追いかけた。
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